あっ、でもね、と付け足した彼女が、弁解するかのように顔をしかめる。
「別に何でもかんでも話したわけじゃないよ。ただ、申し訳ないけど、犬飼くんはもう部にいないって伝えただけ。どうしても会いたいって言うもんだから、クラスは教えちゃったけど」
そのせいで後味の悪い思いをすることになったのだけれど、それは今わざわざ言うことでもない。
伊藤先輩は「それから」と視線を宙に投げる。
「部員の誰も、君に敵わなかった。同期も先輩も。天才、なんて簡単に言いたくないけどさ、君はそういう類いのものだったよ。――って、これは私の勝手な主観だけど、そういうことは言わせてもらったね、その子に」
「全然普通に話してるじゃないですか」
「いやあ、ごめんごめん」
謝罪を繰り返すわりに、先程から言動が伴っていない。
小さく息を吐き、僕は踵を返した。
「あれ、帰るの?」
「はい。他の人が来る前に」
特に、顔を合わせたくない人物がいる。その人に会わないためにも、こうして準備室で密やかに、部長へコンタクトを取りに来たのだ。
「ねえ、犬飼くん。君はもう、本当にここへは戻る気ないの?」