「美波さん? ああ、そうそう。いい子だよね」


美術室――の隣の、準備室。
窓を開けて「いい天気だぁ」などと呑気な感想を述べる彼女は、美術部の現部長だ。


伊藤(いとう)先輩、その子に僕のこと話しました?」

「えー、まあ、うん。だってすっごい無垢な瞳で聞かれたもんだからさぁ……」


美波清、と名乗った彼女は、どうやら学校説明会で美術室を通りかかった際、僕の絵を見つけたらしい。
去年の文化祭に向けて描いたものだ。結局、僕は文化祭の前に部を去ったのだけれども。


「もしかして、何かまずかった?」


顔だけ振り返り、伊藤先輩が問うてくる。


「いや、それより……僕の絵、掲示したんですね」


もう部員じゃない人間が描いた絵なのに。と、そこまでは口に出さなかった。
自分の知らないところで、知らない人に影響を少なからず及ぼしている。その事実にどこかもどかしくもむず痒い気持ちになった。


「うーん……うん。迷ったんだけどね。やっぱり、犬飼くんの絵は外せなかったよ。みんなもいいよって言ってくれたし」

「……そうですか」

「気を悪くしたなら謝るよ。でも、実際に君の絵を見てうちに入りたいって言ってくれた人がいるからね。美波さんもその一人」