「すみません。本当に、突然こんなこと……でも私、犬飼先輩の絵を見て、この高校に来ようって決めたんです。だから、先輩がもう美術部にいないって聞いて、びっくりして……」


何か急激に自分の中で体温が下がっていくような心地がした。
彼女が喋っていることもいまいち頭に入ってこない。気を抜いたら立っているのもままならなくなりそうで、強く拳を握る。


「もう、絵は描かないんですか?」


なんの悪意もない、無邪気な質問だ。だからこそ、深く痛く抉ってくるものがある。


「そんなの、君には関係ないことじゃない?」


ようやく喉から絞り出した声は、随分と冷ややかだった。それに自分で気が付いて、少し焦る。
彼女は傷ついた素振りもなく、ただ漠然と驚いたような、そんな顔をしていた。

らしくない。僕はいつだって人に好かれるために全神経を張り巡らせてきた。
たった一言、見知らぬ女の子に尋ねられたくらいで、態度を崩すようなことがあってはいけない。


「……ごめん。僕、もう戻るから」


これ以上、心の林を掻き分けて入って来られるわけにはいかなかった。

一方的に会話を切り上げ、彼女に背を向ける。追い縋る足音は、聞こえなかった。