廊下に出て突き当たりまで進んでから、非常階段の近くで足を止める。遠くの喧騒は聞こえるものの、人気はほとんどない。
「あの、急に呼び出してごめんなさい。でも、どうしても会いたくて」
目の前の彼女は僕と向かい合うなり、丁寧に頭を下げてそう告げた。耳にかかっていた髪が、はらはらと一束ずつ前に落ちていく。
「私、一年の美波清っていいます」
自己紹介をした彼女に、やっぱり一年生か、と内心腑に落ちた。
ブレザーもスカートも皺一つなく、まだ着始めてから日が浅いのだろう。化粧っけのない素朴な顔立ちも、第一ボタンまでしっかり留めてあるところも、入学してまだ間もないという事実を物語っている。
「それで、あの……」
と、言い淀む相手の様子に、やっぱり告白か、とこの短時間で二度目の納得を得た。
正直、彼女のことは一切知らないし、見たこともない。答えは自分の中で決まりきっているからこそ、早くしてくれないだろうかと気が急く。
「先輩は、どうして美術部をやめてしまったんですか?」
耳を疑った。それくらい、動揺した。
今まで自分の目を信じられたことなんてなかったけれど、聴覚を訝しんだことなんて一度もない。それにもかかわらず、いま彼女が放った言葉の意味を、即座には理解できなかった。