父親のことは嫌いだった。だから離婚も勝手にすればいいと思ったし、会えなくなることもどうでも良かった。
ただ唯一困ったのは、そのせいで生活が苦しくなることだ。
もともとあいつは金を稼いでくるだけの存在意義なのだから、いなくなったところで家の空気は変わらない。だけれど、口座の中身はそうもいかない。
母は昼も夜も働きに出るようになった。――僕は、人への媚び方を覚えた。
欲しい物があれば強請ればいい。無いものは借りればいい。だって、そうしないと生きていけないのだから。
いくら申し訳ないと罪悪感を抱いたところで、それが何のメリットになるのだろう。謝ったって一円も貰えないのに。
みんな、勘違いをしている。自分の立場が上だと思い込んで、頼まれて「あげる」と胸を張るのだ。でもそれは違う。
そうやって無意識のうちに人を見下している奴らの手綱は、いつだって僕が握っているのだ。
『犬飼くん、好きです!』
当然だ。好かれるように振舞っているんだから。
『お前はほんとに可愛いやつだな~』
当たり前だ。相手が気持ち良くなるような言葉をあげているんだから。
好意も恋慕も、向けられるたびに心臓が冷たくなっていくだけだった。そして、そんな自分に吐き気がした。
この目も、見ている世界も。汚れきった全てが、僕は大嫌いだった。