どれだけ綺麗事や偽善を並べたって価値がない。それに価値があると言い張るのは、この世界の本当の汚さに今まで触れることなく生きてこられた者だけだ。

金がなければ生活できないし、人望がなければ社会から見放される。


「航? 帰ったの? おかえり」


夕方、家の玄関で靴を脱いでいた僕に、奥から声が飛んでくる。
そのまま足音が近付いてきたかと思えば、トートバッグ片手に薄いカーディガンを羽織った母が現れた。


「今日の晩ご飯はナポリタンね! 置いといたから」

「うん」

「じゃあ行ってきます」


僕の横をすり抜け、スニーカーを引っかけた母が外へ出て行った。その後ろ姿を数秒確認してから、ため息をつく。

着替えてリビングに入ると、テーブルの上にはラップのかかった皿が一つ。
その横に小さいメモが添えられていた。急いで書いたのだろう。猫のイラストと共に、「温めて食べてね」と吹き出しがついている。

……忙しいなら、わざわざこんなことしなくてもいいのに。

この家には自分と母しか住んでいない。
両親は随分と前に離婚した。原因は父親の浮気で、それも一度や二度のことではなかった。多分、そういう(・・・・)病気なんだろう。そうでないとおかしい。

しばらく見逃していた母も馬鹿だと思うけれど、僕に初めて「どうして父さんと一緒にいるの?」と聞かれた後、へらへらと「それが愛なのだよ」と宣った時は、本当にどうかしていると思った。

こんなに裏切られて、弄ばれて、それが愛だというのなら、これほど滑稽なこともないだろう。