韓媛(からひめ)はエサを持って子供の猪の前に行き「おいでーおいでー」といって誘導を続ける。

一方大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)はその子供の猪が逃げないよう、縛っている紐を必死で掴んで歩いている。

「これだとまるで本当に犬だな……」

大泊瀬皇子は少し呆れながらいった。だが普通の犬と比べ、猪を飼い慣らすのは中々大変そうである。

「でもこの子本当に可愛いですね。段々とこつを掴んだようで、素直に歩いてくれるようになってきました」

この子供の猪は韓媛が笑顔で何度も呼びかけてくれるので、もしかすると恐怖心が弱まったのかもしれない。また今は親の猪がいないので韓媛を頼っているようにも見える。

「まぁ変に暴れることなく歩いてるからそれは正直助かる。だがどうも余り楽しめた光景ではないな」

大泊瀬皇子は今の韓媛を見て、自分にもこれぐらい愛想良くしてもらえたらと何とも皮肉なことを考える。

(きっとこの子も1人になって、本当に心ぼそかったのね……)

韓媛はこの子供の猪を見て少し母性本能が刺激されているようだ。この子供は何としても親の元に返してあげたい。

そしてしばらく歩き続けていると、韓媛が先ほど見た光景に似た場所に出くわした。

「大泊瀬皇子、私が見た光景は恐らくこの辺りです」

すると少し離れた所から妙な声が聞こえてくる。2人がその場に行くと、木と木の間に一匹の猪が挟まって動けないでいるようだ。

(きっと、あの猪がこの子の親なのね)

「信じられない……先ほど聞いた話と同じように、大人の猪が動けないでいる。お前がいっていたことは本当だったようだ」

2人は親の猪をできるだけ刺激しないようにして、少しずつ近づいて行くことにした。

「韓媛、俺が何とか大人の猪を動けるようにしてみる。親の猪が動けるようになったらすぐにこの子供を解放しろ」

韓媛は「はい、分かりました」といって、皇子から子供の猪の首を縛っている紐を受け取る。

それから大泊瀬皇子は猪の後ろから回り、一気に前に押し出すことにした。

「お願いだから、上手く前にいってくれよ」

大泊瀬皇子はそう言って猪の後ろに行くと「せーのー」と言って猪を押し出す。だが1回では全部を押し出すことができず、3回程押してやっと猪が木の間から抜け出せた。

「韓媛、今だ!」

韓媛は直ぐさま子供の猪を解放し、その場から少し離れた。

すると子供の猪は親の猪をめがけて走りだした。親の猪の方も自分の子供に気が付いたらしく、特に暴れることなく子供に歩みよる。

(やった、成功だわ!)

大泊瀬皇子もその様子を見とどけると急いで韓媛の元にかけより、猪の親子から静かに離れて行った。

どうやら猪の方も韓媛達に向かってくる気はなさそうだ。

「大泊瀬皇子、上手く行きましたね」

「あぁ、そのようだな」

それから2人は元いた場所に歩いて戻ることにした。