「それは確かお前が炎の中で、持っていた短剣だな」

大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)はあの時韓媛(からひめ)を探すのに余りに必死だったため、何かの幻を見ていたのだろうと思っていた。

「はい、これは元々母が持っていた物のようです。ただ母が既に亡くなった後だったので、代わりに父から受け取りました。何でも『災いごとを断ち切る剣』という意味があるそうです」

そういって彼女は鞘から剣を取り出す。
彼から見ても特に変わった所はなく、至って普通の剣に見える。

「まさか、前回の炎を割ったのもこの剣のお陰なのか?」

「はい、そうです」

大泊瀬皇子はそれを聞いてとても信じられないと思った。

それから韓媛はその剣を握って祈ってみることにした。

(お願い、この子供の親がどこにいるか教えてちょうだい……)

すると剣がまた熱くなり、不思議な光景が見えてきた。そこはこの葛城山の中で、大人の猪が木に挟まって動けないでいる様子だった。

(この場所は先ほど登ってくる時に見たような気がする)

そこで韓媛はこの災いが消え、この猪の親子が無事再会できる事を願って、剣を振った。すると『パチッ』と音のようなものがしてその光景は終わり、彼女ははっと割れに返る。

すると彼女の隣では大泊瀬皇子が少し不思議そうな顔をしていた。

「大泊瀬皇子、この子の母親は木に引っかかって今動けないみたいです。場所も私達がここまでくる途中の所のようでした」

韓媛はそういって剣を再び腰に閉まった。この剣は使い方次第で色々使えそうだが、恐らくどんな災いでも切ってくれる訳ではなさそうだ。

(どんな災いでも切ってくれるなら、お父様も死なずにすんだはずだわ)

「韓媛、その剣はそのようなことまで教えてくれるのか?」

大泊瀬皇子はそんなことがあるのかと、ただただ驚いてばかりだ。

「大泊瀬皇子、この子供を連れて親の猪がいる場所まで行きましょう!」

皇子もとりあえず今は、韓媛のいうことに従うほかないと思った。

子供の猪の体に紐を通すため、まずは木の実や雑草をおいてそちらに気を向けさせる。
そして子供の猪がそのエサに意識を向けている隙に、皇子が紐を首輪のようにしてかけた。

「とりあえず紐はつけられたみたいだな」

大泊瀬皇子はその紐を離さないように、しっかりと自身の手に巻いた。

子供の猪もこれには流石に驚いたようで「ぶぎぃ!ぶぎぃ!」といって暴れて逃げようとする。

だがしばらくすると、その子供もどうやら諦めたようで割りと大人しくなった。

それから2人は何とかこの子供を誘導しながら、親の猪がいるであろう場所に歩いて向かうことにした。