穴穂(あなほの)の兄上も生前に同じことをいっていた。皆考えることは同じなのだろうか」

大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)はこのことがどうも理解できていないようで、少し首を傾げる。

そんな彼を見て韓媛(からひめ)も少しクスクスと笑ってしまう。これはもう彼の性格のようなものだ。他の娘に変に手を出さないだけ彼はましな方だ。

大泊瀬皇子はそんなふうに思って笑っている韓媛を見て、ふと彼女を自身に引き寄せた。

「とりあえずお前は、ずっと俺のことだけ好きでいろ」

彼はとても真剣な目で韓媛にそういった。

韓媛はそんな大泊瀬皇子を見て少し頬を赤くしながら頷いた。そしてそのまま彼の胸にそっと持たれてみる。

すると大泊瀬皇子は、そんな彼女の頭を優しく撫でてくれた。

韓媛は思った。この恋はまだ不安定なままであると。

本当に彼と一緒になれるのか、そんな不安がどうしてもよぎってくる。
そしてこの恋が、いつか儚く消えてしまうのではないかと。

(でもそんな想いを、私はずっと自分の身から離すことができないのだわ……)


そしていると、大泊瀬皇子がふと彼女を少し上に向かせた。

(え、大泊瀬皇子?)

そして彼は彼女の頬に優しく手を添えてきた。

韓媛もそんな彼の仕草がとても心地よく思えて、そのままふと目を閉じてみる。

そんな韓媛を見た大泊瀬皇子は、そのまま彼女の唇にそっと優しく口付ける。
彼は性格的には少し傲慢だが、こういうことに関してはとてもていねいで優しい。

だが今日はもう少し先に進めたいのか、彼はそのまま口付けを深くしてきた。

韓媛もこれは少しやり過ぎに思え、少し彼から離れようと試みる。

「お、大泊瀬皇子。もうこれ以上は!」

だが1度こうなってしまったら、彼はそう簡単に彼女を離そうとはしない。

「悪い、韓媛。もう少しだけ……」

彼はさらに彼女を自分に近づけ、尚も口付けを求めてくる。

(一体皇子はどうするするつもりなの?)

韓媛もさすがにこれはまずいと思った、丁度その時である。

何やら周りからザワザワと音がしてきた。どうも何かが動いてる感じがする。

「一体、何なんだ!」

大泊瀬皇子もさすがにこの音は気になり、仕方なく韓媛との口付けをやめる。
そしてひどく気分を害されたまま、すぐに自身の剣を抜いた。

「大泊瀬皇子、これは何かの生き物の音でしょうか?」

韓媛も大泊瀬皇子にしがみついて様子を伺う。

そしていよいよその生き物が自分達の前に迫ってきた。
2人は息を飲んでその謎の生き物を見る。

するとそこに現れたのは何と猪の子供だった。
子供が1人でいる所を見ると、親の猪とはぐれてしまったのだろうか。

「まぁ、猪の子供だわ。可愛い!」

子供の猪は「ぷぎー、ぷぎー」と鳴いている。きっと親の猪を呼んでいるのであろう。

韓媛は思わずその子供の猪に近づこうとしたが、大泊瀬皇子が慌ててそれをやめさせる。

「まて、韓媛。もしかすると近くで親の猪が子供を探しているかもしれない」

もしここで親の猪に見つかれば、子供を守るため突進してくる可能性がある。

そんな子供の猪を見て2人はどうしたものかと悩む。

「まぁここはそっとして離れた方が良いだろう」

だが子供の猪は親がいないためか、尚も悲しそうに泣いていた。幼い子供のようだが、そこまで韓媛達に警戒心は持っていないようだ。

「でもこの感じだとお母さんがいなくなって、とても不安がってるのでしょうね」

韓媛はそう思うとふと腰から短剣を取り出した。