韓媛(からひめ)達が馬を走らせていると、彼らの目の先に川が見えてきた。その川は青く澄んでいて、水の力強い波の音が聞こえて来る。

そのまま川の近くまで来ると、大きな川が横たわっており、場所によっては深さもありそうだ。

そしてその川の両隣には、木々が生い茂り、秋の紅葉を彩っている。

「まぁ、何て綺麗なのかしら。本当に秋の紅葉だわ」

韓媛はその光景を見て、余りの美しさに魅了される。こんな綺麗な紅葉はいまだかつて見た事がない。

父親の(つぶら)も「これは見事だな」ととても感心しながら、一緒にその景色を眺めていた。

(こんな素晴らしい景色が見れて、皇子とお父様には本当に感謝ね)

韓媛は今日ここに来れた事を、本当に有り難いと思った。

すると大泊瀬皇子が、韓媛達の横に馬を並べてくる。

「俺もここに来たのは久々だ。ここの景色は何度見ても、本当に心が安らぐ」

他の従者達も皆、この光景にはとても感動したらしく、じっと辺りの景色を見ているようだ。

それからしばらくの間、皆でその景色を見ていたが、ふと大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)が声をかけてきた。

「この先に降りられる所があるから、そこに行ってみよう」

大泊瀬皇子にそう言われたため、他の者達もそのまま彼に着いて行く事にした。

そして川の流れている側まで来ると、馬から降りて、馬は近くの木に紐で縛って繋いだ。

韓媛も馬から降りて、川の側までやって来た。川の水は透き通っており、陽の光を浴びてとても輝いている。

彼女がその水に手を入れてみると、水はかなり冷えてはいたが、とても心地よかった。

そんな韓媛から、想わず笑みが溢れる。

そんな彼女を少し離れた所から、大泊瀬皇子は見ていた。彼自身もここ最近ずっと物騒な出来事が続いていたので、今日は良い気分転換になりそうだ。

(まぁ韓媛もとても喜んでいるようだ。今日はここにきた甲斐があったな)

すると韓媛は何か思いついたのか、彼に向かって声をかけてきた。

「大泊瀬皇子、この先を少し見に行ってきますね!」

「韓媛、それは構わないが、この先は少し水が深くなるから十分に気を付けろ」

韓媛は大泊瀬皇子にそう言われて「分かりました」と言って楽しそうにしながら歩いて行った。

「はぁー、本当に全くやれやれだ」

大泊瀬皇子は、思わず口をこぼして言った。この先は少し深さは増すが、無理に入らなければ溺れる事もない。

彼がそんなふうに思っていると、となりに葛城円(かつらぎのつぶら)がやって来た。彼も今向こうに歩いていった韓媛を見ていた。

「大泊瀬皇子、娘が本当に済みません……」

円は、そんな娘の代わりに皇子に謝った。
今日の彼女は久々の遠出と言う事で、少し落ち着きが無さそうに見える。

「まぁ、韓媛なら心配は無いだろうが」

そう言って、大泊瀬皇子と円は無邪気な韓媛を見つめていた。