大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)は本当にお強いですね。私ならもう少し引きずりそうだわ……」

「まぁ、いちいち落ち込んでもいられない。では俺は(つぶら)の元に行ってくる」

大泊瀬皇子は韓媛(からひめ)にそう言うと、そのまま葛城円(かつらぎのつぶら)の部屋へと向かっていった。

韓媛はそんな彼の後ろ姿を、少しの間眺めていた。

(自分も彼のように強くなれたら、どれほど良いかしら……)


こうして韓媛は、自身の部屋へと戻って行った。


それから大泊瀬皇子は、葛城円と大和や今の政り事についての話しを始めた。

葛城円は今大臣(おおおみ)の役についている。大臣は大王の補佐として執政を行う者で、大和の政り事にも深く関わっている。

(葛城円は話の出来る人物だが、豪族に力を持たせ過ぎるのは、やはり心配だ)

大泊瀬皇子は彼と話しをしながら、今の大和と豪族の連合政権を不安視する。

そして時間が立ち、大泊瀬皇子も円との話しを終わりにしようとした時だ。ふと、先程の韓媛の事を思いだし、彼に聞いてみる事にした。

「ところで円、この部屋に来る前に韓媛を見かけたが、何かあったのか。彼女が妙に嬉しそうにしながら歩いていたが?」

それを聞いた円は、恐らく今日彼女に話した吉野の件だろうと思った。

「あぁそれなら、先程娘と話していた事だと思います。韓媛が以前から吉野に行ってみたいと言っていたので、今度紅葉を見に、吉野に行こうと思いましてな」

大泊瀬皇子はそれを聞き、何故彼女が嬉しそうにしていたのか納得した。確かにこの季節は吉野の綺麗な紅葉が見られる。であれば、彼女もさぞ喜んでいる事だろう。

(なる程、そういう事か……)

「吉野なら俺も何度か行った事がある。この時期なら、紅葉が綺麗に見れて良いだろう」

吉野には大和の皇族の離宮(りきゅう)があり、度々大王やその身内の者が訪れている場所だ。

「はい、せっかくなので泊まりがけで娘と数名の従者を連れて行ってみようと思ってます。吉野にも一応少し繋がりがあるので、そこの者の住居にでも泊めてもらおうかと」

それを聞いて大泊瀬皇子はふと思った。

彼自身も吉野にはだいぶ行っていない。離宮も現地の者に管理はさせているが、久々に様子を見に行っておいた方が良いかもしれない。

「吉野には大和の離宮があるのだが、そこにはだいぶ行っていない……どうだろう円、吉野に行くなら大和の離宮に泊まってみては。その際はもちろん俺も同行する」

それを聞いた葛城円は、皇子の提案にとても驚く。離宮に泊まらせてもらえるのは有り難いが、何分大和の皇族が行幸で使っている所だ。
それに今回は、娘の韓媛も同伴する事になっている。

「皇子それは大変有り難い提案ですが、葛城の私達が行っても宜しいのですか?」

葛城円は少し心配しながら、大泊瀬皇子にそう尋ねた。