それからしばらくして、小前(おまえ)木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)を連れて戻ってきた。

木梨軽皇子もここにきて、ようやく冷静さを取り戻し、大人しく穴穂皇子(あなほのおうじ)に捕られる事にした。

((かるの)、君は今どんな思いで、俺の事を待っているのだろう……)

穴穂皇子もそんな木梨軽皇子を見て、内心とても複雑な思いに駆られる

彼はとても兄弟思いの優しい青年だった。そんな彼が自分に対して挙兵を企てていると知り、それが物凄い裏切り行為に思えた。

だがそんな兄に対して、今は怒りよりも哀れみがまさっていた。

軽大娘皇女との恋の葛藤や、皇太子として約束されていた大王の地位が奪われる事への、恐れだったのだろうか。

穴穂皇子は、そんな彼に特に声をかける訳でもなく、そのまま宮へと戻る事にした。


木梨軽皇子は、穴穂皇子の部下に取り押さえられて歩いている際、ふと歌を詠んだ。

「天(あま)だむ 軽の乙女 いた泣かば 人知りぬべし 波佐の山の鳩の 下泣きに泣く」

(軽の乙女よ。そのように泣いては人に知られてしまうだろう。
波佐の山の鳩のようにもっと静かに忍んで泣きなさい)


そして、さらにもう1つ彼は歌った。


「天(あま)だむ 軽の乙女 したたにも 寄り寝てとおれ 軽乙女とも」

(軽の乙女よ、しっかりと寄り添って寝ていなさい)


こうして、その後に木梨軽皇子は廃太子とされ、伊予国(いよのくに)へ流刑される事となった。