久々に聞く彼の声に、私は心臓がギュッと締め付けられた気がした。


「知り合い?」


朝陽が不思議そうに私の顔を覗き込む。

「あっ...月希(るい)さんの弟さん。」

月希さん。私の職場の先輩。

「あー!月希さんの!弟がいたんだ。よろしくお願いします。月希さんには以前七瀬に紹介してもらって。」


紹介の仕方は間違っていない。
私が今の職場で働き出した頃に出会った先輩、高峯月希(たかみねるい)さんの弟が、高峯駿太。


当時私は20歳で、月希さんは24歳。駿太は21歳だった。
月希さんとは飲み友で、よく月希さんの家に通っていた。その頃に出会ったのが駿太だった。



「七瀬、久しぶり。こちらこそよろしくお願いします。」


駿太は最初はびっくりしたような顔をしていたが、すぐに平然とした挨拶を交わした。



...まるであの頃がなかったかのように。

「七瀬良かったな?知り合いがいて。」


朝陽はニコッと私に笑いかけた。

そう、ただの知り合いなら、なにも思う事はなかった。

「駿太ー?」


私達が挨拶を交わしていると、部屋の奥から女の人の声がして、すぐに顔を覗かせた。


出てきたのは、とても可愛らしい人だった。

「こんにちは、2階に引っ越してきた九条です。」

朝陽はつかさず挨拶をする。

「あ、2階って真上の?こんにちは!」
「一緒に住んでる、彼女の音花(おとは)です。」

駿太は、彼女っていう言葉を強調した。

音花さんは、私と同じ歳のように見えた。

「彼女さんですか!俺達と同じですね。良かったら女同士でも仲良く!」
「ぜひせひ!今度4人でご飯でも食べましょう?」


朝陽と音花さんは会話がすごく盛りあがっていた。

私は駿太と目が合わせられず、どうすればいいかわからなくなってしまった。
咄嗟に出た言葉は、


「朝陽!あまり長話しちゃ悪いよ。またゆっくり時間できた時にしよう?」


早くこの場を去りたかった。
二度と思い出したくない事を、これ以上考えたくない自分を守るために。


「そうだな?、駿太くん、音花さんまた今度」

軽く会釈を交わしてその場を後にした。