そういえば、朝食ってどこへ行くんだろう?

私が、ふとそんなことを思った時、社長はエントランスの先にある半自動ドアに手をかざした。

そこは、併設されたカフェで、コーヒーのいい香りが漂っている。

「紗世、何にする?」

社長はそう聞くけれど……

た、高い!

ほんとはカフェモカとか飲みたいし、キッシュとか食べたいけど、それだけで1000円超えちゃう。

全財産をなくした私の朝食の予算は200円なのに。

どうしようかなぁ。

私が困っていると、社長が不思議そうに覗き込んだ。

「どうした? ‪いつもそんなに迷わないだろ?」

確かに、私はいつも食べたいものを即決するタイプ。

「いえ、その……」

お金がないとは言えない。

言えば、社長は絶対おごるって言うに決まってる。

私が返事に困っていると、社長は、財布から1万円札を取り出した。

「とりあえず、3日分の給料前払いな」

3日分?

そうか!
1ヶ月30日だとすると、月10万円ってことは、3日で1万円なんだ。

「これくらい、俺が出してやってもいいんだけど、紗世はそういうの嫌いだろ?」

さすが社長!
よくご存知で。

私は、ありがたくその1万円を受け取ると、希望通りカフェモカとキッシュを注文した。

私たちは、通りに面したカウンター席に並んで座り、それぞれに頼んだ朝食を食べる。

「紗世のご両親は今回のこと知ってるのか?」

社長はコーヒーを飲みながら尋ねる。

「いえ、言ってません。言ったら、帰ってこいって言うに決まってますから」

せっかく正社員になれたのに、それは嫌だ。

「じゃあ、折を見て、うちの住所を知らせておくんだな。引越し先を連絡しないと、心配するだろ」

こういうさりげない心遣いが嬉しい。

「はい。そうします」

朝食を食べ終えた私たちは、店を出る。

地下鉄の駅へと向かおうとする私に、社長が声を掛けた。

「タクシーで行くから、紗世も一緒に来い」

えっ?

「いえ、私は……」

社長と一緒のタクシーで出勤するところなんて、誰かに見られたら、なんて言われるか分かんない。

「車内で説明するから、とりあえず、来い」

強引な社長は、手を挙げてタクシーを呼び止めると、私を先に乗らせて、続いて自分も乗り込んだ。

相田(あいだ)は、休みがちだし、数ヶ月後には産休に入る。だから、八代(やしろ)を第二秘書にしておいて、相田が産休に入ると同時に正式に秘書にすることは、もう総務部も秘書課も了承済みで、来週にも内示が出る」

えっ、そうなの!?

私は驚いて、目を見開いたまま隣の社長を見つめた。
っていうか、仕事モードになった瞬間に、呼び方が紗世から八代に変わるところもすごい。

「くくくっ
 何を驚くことがある?
 そのための正社員採用だよ。
 そこでだ。
 社長秘書として、出勤時間に打ち合わせをしたいから、毎日、うちまで迎えに来て欲しい」

は?

それって、つまり……

「社長命令で、毎日めんどくさいのに、いやいや一緒に出勤しろ」

これから、毎日、一緒に出勤するための言い訳を作ってくれたってこと?

驚いてものも言えない私に、社長は、ニッと笑う。

「これは、命令で決定事項だ。分かったな」

反論もできないし、したところで、社長が聞くとも思えない。

私は従うしかない。