情けないことに、わたしの中にある臆病の原因は、憩との別れだ。

別れを切り出したものの自然消滅に近かったこともあって、その感情の先は?と常々考えてしまうようになった。



おかげで。

……昨日は柊季にも、迷惑をかけた。



本当、情けないったらありゃしない。

ため息を押し隠すように辿り着いた御陵邸の前で料金を払い終えタクシーを降りると、タクシーはそそくさとこの場を去っていく。



……仕方ないことだけれど、運転手さんもさすがに御陵邸の前はすぐに立ち去りたいものらしい。

だからあえて名前を告げずに近くまでお願いし、そこから道案内でここまで来てもらったのだが。



「あら、」



世間の目なんて、そんなもの。

いい意味でも悪い意味でも名前の通っている御陵に、世間が優しい目を向けてくれたことなんて一度もなかった。



警察は、この世で善の存在。

けれど。……極道という存在がなければ、世の均衡が保たれないのもまた、事実なのだ。




皮肉なことに誰かが悪にならなければ、この世界は平和を保てない。

だからいつだって思う。──公平などこの世にはないのだ、と。



ちょうど家から出てきた組員におかえりなさいと迎えられるが、わたしの目線の先は滑らかに停車したベンツ。

隣で彼が姿勢を正して、「来客でしょうか」とつぶやいた。



「そうみたいね。

ああ、わたしが対応するからいいわよ」



来客の目星はついてる。

胡粋の父親のお兄さんの娘。つまり胡粋のいとこにあたる彼女から、胡粋に会わせてほしいと事前に連絡は受けていた。



けれど鯊家はすこし前に内部抗争でもめていたのだ。

……彼女の父親は、鯊家をよく思っていなかったはずだけど。



「はじめまして、鯊 菓です」



車を降りてすぐ。

彼女は、わたしに愛らしい笑顔を向けた。