「だけど、なぜか……

櫁に抱き上げられた時だけは、泣くどころか笑顔だったのよね」



「え、」



「そうなると、逆に櫁が用事で離れようとしたら大泣きしちゃって。

さすがに生まれて1年ほどで、抱かれると誰彼構わず泣くのは落ち着いたのに……櫁が離れるときに泣くのだけは、いつまで経っても変わらなかった」



昔、何かの拍子にわたしの幼い頃のアルバムを目にしたことがある。

写真はほとんどが小豆兄弟と一緒にうつっているものばかりで、だからこそ幼い頃のわたしは傷ついたのだ。



どうしてお母様やお父様との写真がないのか、と。

この頃からすでに、お母様は心身ともに状態が良くなかった。そしてお父様は仕事が忙しく、わたしに構っていられなかった。



「それを見かねたあの子はね……雨麗と、とある約束をしたのよ」



別に冷たくされていたわけじゃなかったのに。

お父様に抱き上げられて泣いていたということは、つまり彼が、わたしを。




「『ずっと一緒にいます』って」



「、」



「それを聞いたらあなたすっかり泣き止んじゃって。

次の日から、櫁が用事でそばを離れても、まったく泣かなくなったの」



──ぽろ、っと。

突然。悲しくもなんともないのに、なぜか瞳から涙がこぼれ落ちた。それに自分でもびっくりしたのに、その間もどんどん涙があふれてくる。



「憩は生まれた時から人生勝ち組、って子だったから。

雨麗が自分には懐かないのに、櫁にだけ懐いたのがよっぽど気に食わなかったんでしょうね」



──どうして憩と櫁って、仲が悪いの?

昔、一度。気になって、聞いてみたことがある。だけどふたりとも教えてくれなかった。



「憩はあなたが振り向くようにって、ありとあらゆる手をつかったのよ。

実際そのせいで雨麗と櫁の間には距離ができて、専属使用人になったのも憩の方だった」