何の躊躇いもなく「裏切る」と言った小豆の名前を、いつもよりもキツく呼ぶ。

裏切るだなんて人聞きの悪いこと、言わないでほしい。



「本当に何もわかってないわね」



「ええ、実際に理解できませんからね」



「……なに、なんかわたしに怒ってる?」



さっきまで普通だったのに。

やたら当たりの強い小豆に何かしたっけ?と記憶を辿るが、別に不機嫌にさせるようなことを言った記憶はない。どうして怒ってるんだ。



「……皆様はおそらく、以前私と雨麗様の間に起きた一件について、"誰でもいいなら自分でもよかったのでは"と思われているはずです。

ですがそれは、裏を返せば同じこと」



ああそういうこと……と、小豆の不機嫌な理由に気づいた。

中身が冷たいせいでグラスを覆うようについた水滴を指先で撫でてから席を立ち、小豆の目の前まで歩み寄ってから座る。




「つまり小豆は、

あの子達と遊ぶのなら自分とも遊べ、と」



水滴を拭わないままに小豆の頬に触れたら、冷たいですと文句を言いながらハンカチを取り出す。

真面目だなと思っていれば頬に触れていた手を掴まれて、わずかに肩が跳ねた。主従関係である限り、こういうスキンシップは珍しいからだ。



「……私の兄も、名字は小豆です」



「今は、業務中でしょう?」



「兄さんとは業務中でも恋人同士だったではありませんか。

私、何度か業務中も関係なく仲睦まじくされている姿をお見かけしましたし」



「でも残念ながら、

あなたはわたしの恋人じゃないわ。櫁」



握られた手を振り払い、これみよがしなため息をつく。

あの子たちが帰ってくるまで、おそらくあと一時間ほど。ちらりと目をやれば、机の上には今日のうちにやらなければいけない仕事が詰んである。