「ハニーの気持ちは理解できなくもない。しかし、これは理由があってのルールなんだ。顧客は皆ハニーみたいに心優しい人ばかりではない。家政夫個人の連絡先を教えると、辞めた後も連絡してトラブルを起こす人が意外と多くてね」

「私が彼を困らせるため連絡したがってると思いますか?」

「まさか。だが社長である私自ら例外を作ることはできない。…代わりに提案しよう。私に、彼に言いたいことを言ってくれ。それをそのまま彼に伝える」

「私の気持ちを、そのまま伝えられますか?」

「さあ、どうだろ。でもきっとうまくいくよ、ハニー。きっと彼は君に返事をするよ」


一体どこからその自信が来るのか、Mr. Pinkの表情はとても穏やかで、とても優しい。その顔を見て、彩響はすこし悩んだ。


(このまま何もせず帰るとしても、成からはきっと連絡は来ない。)

本当に自分の気持ちが彼にきちんと届くか、確信はない。それでも…彩響は深呼吸をして、話を始めた。


「私、会社を辞めます。もっと余裕のある会社に転職して、もう少し自分自身を充実させる人生を送ろうと思っています」

「それはビッグニュースだね。何か切っ掛けでも?」

「先日、成が残してくれたメモを見つけたんです。それを見て、やっと気づきました。彼は最後の最後まで諦めずにいてくれたんです…私がいつかはきっと、私自身が心から望む人生を歩むと、そう信じて見守ってくれました」

「うちの家政夫が、ハニーにいい影響を与えたようで、とても嬉しいよ」

(「家政夫」…?)


Mr.Pinkの言葉に、彩響はじっくりと考え込む。いや、成はもうただの家政夫ではない。ただの家政夫にしては、あまりにも彩響の人生に大きい影響を与えている。


「…成は、もうただの家政夫ではありません」

「その言葉の意味、もう少し詳しく聞かせてくれるかな?」

「最初、私が成を早くクビにしたいって言ってたのを覚えてますか?」


Mr.Pinkが頷く。そうだ、そういうこともあった。当時の自分はゴミ屋敷のような家で、人生は元々こういうものだと、自分自身を無理やり納得させながら生きていた。現実に妥協しながら生きていくのが「最善」だとずっと思っていた、でも…。