ーそして、それから数日後。

地獄のようなスケジュールを終え、やっと開放されたある日。死体のようにベッドの上で寝ていた彩響の耳になにかの着信音が聞こえた。意識が朦朧とする中、スマホの画面を確認すると、知らない人からLINEメッセージが届いていた。

「さいきさん、こんにちは」

(…誰?)


自分の名前をひらがなで呼ぶ人なんか知らない。疑問に思ったまま放置すると、また新しいメッセージが届いた。

ー「突然連絡してすみません。以前居酒屋で連絡先貰ったものです」

(あ、なるほど。あの時の人か)


まさか、本当に連絡してくるとは。彩響は特に返事もせず、また枕に顔を埋め、眠りを誘った。そしてふと、あの時理央が言ってた言葉が思い浮かんだ。

ー「もうすこし心に余裕をもって周りを見たら、いいご縁が待っているかもしれないよ?」

「ご縁、ね…」


仰向けになり、天井をぼーっと眺める。この数ヶ月、何をやっても虚しい気持ちを消せなくて、普段よりさらに仕事に没頭した。元々仕事はできる方だと自慢していたけど、更に実績を出し、周りの連中も驚いていた。しかしあれだけ職場ではイキイキしていても、家に帰るとベッドに倒れ、何も出来まい。本当に死体のようにずっと眠って、時間になったら会社に行くだけの生活をしていた。まるで、成を雇う前の自分に戻ったように。

(今の私を見たら、成はなんて言うんだろう…)

もうここまで連絡がないと、もやもやしているのは自分だけで、向こうはもう全く連絡する気がないと思えてきた。きっと新しい仕事で胸がいっぱいで、自分のことなんか全く気にしてないんだろう。長年ずっと胸に抱いていた、夢に向かって、少しずつ向かってる途中だから。


(…夢、ね…)


机の上のTreasure Noteに手を伸ばす。やっと触れられたけど、開ける気にはならなくて、結局彩響は手を離してしまった。ずっとノートを見ていた彩響は、深呼吸してスマホを手に取った。




「いやー本当に会ってくれてありがとうございます!!断られると思ったから本当に嬉しいです!!」

次の週末、夜、会社の近くのイタリアンレストラン。

目の前にはナンパされた相手。

ウキウキしている相手の前で、彩響はなにも言わずただ微笑んだ。

(結局、来てしまった…)