「あいつの態度考えると、今すぐにでも離婚したいよ。でも、私、一人で亜沙美を育てる自信がない。私、結婚するために仕事も全部諦めたのに、その結婚生活がこうなるとは思わなかった」


いつも明るい理央でも、この状況はさすがに厳しいだろう。彩響もなにか慰めてあげたいけど、言葉が思い浮かばない。


「…最初からそんなこと考えて結婚する人いないでしょう。それに、亜沙美ちゃんにはその話しないで」

「分かってるよ。でもいずれは知ることになるんだろうね。パパがいなくても大丈夫、ママがパパにもなれるって言ってあげたいけど、自信がない。なんだかんだ言って、結局夫なしでは何も出来ない気がして、自分がすごく情けない」


彩響の母はまずは離婚を選んだ。そしてなにか辛いことがあるたびに自分に八つ当たりして、怒って、真っ先に責めた。女一人、それも特別な技術も職もない状況で、どれだけ辛い人生を送ってきたのか、大人になって仕事をやってみると少しはその辛さを理解するようになった。そしてその茨の道を歩くようになるかもしれない親友の前で、そう簡単に「離婚しなさい」とは言えなかった。


(女の人生って、なんでこうも他の要因で牛耳られるんだろう。それが美徳だと思われるのもおかしい)
離婚したあとも、妻が子供の面倒を見るのは当たり前で、夫が子供の世話をするとすごくいいパパ、いい旦那さん、ということになる。女の人が抱いている赤ちゃんが泣くと、みんな「母親が面倒をきちんと見ないから…」という目で見るのに、男の人の場合だと「パパが一人で大変だ」と思う。そんなことだけではなく、この30年の人生を通していろいろと感じてきたことが多すぎて、「シングルマザーになってもきっと大丈夫」とは言えない。そしてそんな自分が嫌になってきた。


「あの、すみません…」


落ち込んだ気持ちで黙々とお酒を飲んでいたその時、誰かがテーブルの隣に近づいてきた。スーツを着た20代後半に見える男性で、特に目立った外見をしてはいなかった。突然声をかけられ、彩響と理央が顔を上げその人を見た。


「…どうされましたか?」

「あの…こんなこと言うのもなんですが…」


男はしばらくもじもじして、なにか大きい決心をしたような顔で、自分のスマホを取り出し、彩響に言った。


「連絡先を教えてくれませんか?」

「…はい?」