自分の部屋に入り、ベッドの上に倒れた。薄暗い空気の中、机の端っこにずっと放置していたTreasue Noteが見えた。あの日以来、見ることすら辛くて、でも捨てる勇気もなくて、結局今までそのままになっている、悲しみのノート。あっちこっちに付いているテープの痕跡を見ると、また胸が苦しくなる。ノートに向かい、恐る恐る手を伸ばすが…結局触れられず、彩響は枕に顔を埋めてしまった。


ー掃除で人生が変わる?


笑いしか出てこない。本気でそう思っていた自分がバカバカしい。

どうせ自分には向いてなかったのだ。今やってる仕事をただただやり続けて、人生こんなもんだと思っていれば、こんな苦しい経験はしなくてもよかったのに。

(でも…)

成といた時間は、とても幸せだった。

彼がいてくれたときだけは、とても楽しかった。

なにもかも全部津波に連れ去られてしまったけど、その笑顔だけは確かに胸の中で生きている。

(成…今頃どうしてるのかな)

ー会いたい、成にすごく会いたい。

彩響はまたスマホの画面を確認して、長いため息をついた。



「とうとう家を出たよ、あいつ」

あれから数日後。理央の誘いに乗り、例のあの焼鳥屋さんで飲むことになった。ビールを飲んでいた彩響は突然の言葉に目を丸くして質問した。

「家を出る?誰が?」

「誰がって、決まっているでしょう。夫だよ。夫」

「はあ?旦那さん家出したってこと?いつから?」

「浮気相手の家でこれから生活するんだって。もう呆れて言葉も出なかったよ」

「はあ…」



自分だけではなく、理央までこんなことになっていたとは。彩響はしばらく黙って自分のビールを飲み続けた。ジョッキを空にして、彩響が恐る恐る質問する。


「離婚は考えてるの?」

「……」

「離婚してほしいと言われてるんでしょう?なんて答えたの?もう見て見ぬふりはできなさそうだね」


理央が重くて長い溜息をつく。それを見るこっちも心が重くなるのを感じた。今更遅いけど、結婚もしていないのに妊娠したということを聞いたときから、あの旦那さんのことは気に入らなかった。それでも親友は結婚すると言ってるし、仕方ないから祝福してあげたのに。それをこんな形で裏切るとは。

理央が手に持っていたジョッキを下ろし、口を開けた。