「そんな、喧嘩をしたならきちんと話をして…!」

「だから、違います。…もうこの話はやめてくれない?私、まだやること多いよ」

「あ…すんません!」


佐藤くんが慌てて自分の席に戻るのを見て、彩響はまた普通にモニターに視線を戻した。そしてすぐ、テーブルの上に置いてあったスマホの画面を手で触れた。


(特に通知無し、か…)


メッセージも特になく、着信記録もない。もう無駄なことだと知っていても、この行為をやめられない。それでも最近はその頻度が結構減ったものだ。彩響はスマホを置いて、窓の外の風景に目を移した。いつもと変わらない夜の風景、変わらないオフィスの音、そして…。


(私も、結局変われなかった)


職場と家だけを往復して、夜勤と徹夜は当たり前で、ただただローンを返すためだけに稼ぐキャリアーウーマン。成に会って、一緒に掃除して、一時期はまた別の人生が訪れるかもしれないと思ったけど…やはり小説やドラマのように、そんな簡単にバラ色の人生がやってくるわけなかったのだ。今になってくると、もしかしたら成を雇ったのもなにかの幻で、実は彼自体も妄想に過ぎないかも…って、思ってしまう自分に笑ってしまう。


「じゃ、佐藤くんもきりがいい時に帰ってね」

「あーはい、お疲れ様っす!」

ギリギリ終電に乗り、最寄り駅で降りて、線路沿いをてくてくと歩く。ばったり「誰か」と出会うかもしれない、そんな無駄な期待を抱いたまま、玄関のドアをあける。一時期はわざと「ただいま」なんて言葉を言ってみたりもしたけど、もうそれもやめた。なにも返ってこないこの家が更に暗く見えてきたから。

リビングに入ると、朝出勤した時と微妙にモノの位置が変わったのに気がついた。

(そうか、今日は家政夫さんが来る日だったか)

週2回来てくれるだけでも、まあ家はなんとか綺麗さを維持はしていた。もちろん、成が毎日掃除してくれていた頃とは比べられないけど…彩響は電気も付けないまま、そのままソファーに座った。

ーブブブ!!


「うわっ!!」