成がいたから、また作家としての夢を見た。

これまで辛かったから、きっとうまくいくと思った。

でも、一体いつまで苦しめばいいのだろう。

いつまで、こんな屈辱感と絶望感を味あわなきゃいけないのだろう。

いつまで、いつまで…。




目を開けると、いつもの天井が見える。背中に当たる柔らかい布団の感覚もいつも通りだ。彩響はしばらくそのまま、昨日の出来事を振り返った。一瞬なにかの夢かもしれないと思ったけど…顔のあっちこっちに乾いている涙の跡を感じ、彩響は長い溜め息をついた。その音に反応し、隣から声が聞こえた。


「起きた?」


狭いベッドの端っこに、成が横になっているのが見えた。そうか、昨日は泣き疲れて、そのままベッドに運ばれ寝たんだ。成も隣で眠ってしまったらしい。面積をなるべく取らないよう、大きな体を蹲っているその姿が、なんだか笑えた。薄暗い部屋の中、彩響が聞いた。


「今何時?」

「朝の5時くらい」

「昨日の夜出る予定だったんじゃないの?」

「今日の朝でも間に合う。…俺、そろそろ起きるから」

「あ…」


体を起こす成の袖を、思わず引っ張る。自分がなぜこうするのか、よく分からない。その行動に気づいた成は一瞬戸惑って、そしてすぐ彩響の手を離した。布団を彩響の方まで上げ、彼が優しい声で言った。


「疲れただろ、もうちょっと寝なよ」

「うん…」


成が部屋を出たあと、彩響はずっと天井を見ていた。外からは成が支度をする音がする。少し触れた手の感触や、彼がいた端っこの温もりがもどかしい。しばらくして、結局彩響も外へ出てきた。荷物を手に持った成が彩響を見て、気まずそうに口を開けた。


「俺、このまま行くよ」

「うん。分かった」


止めることも、なにか言い残すことも特に思い浮かばない。玄関に向かう成の後ろ姿を、だまって追いかける。靴を履いて、出ようとした瞬間、成が一瞬こっちを振り向いた。


「あのさ、俺…」


その先はすぐ言えず、成が自分の足先を見下ろす。それを見るこっちもつい視線を落とす。成は中々口を開けられず、ずっとその場に立っていた。それを見ると、彩響は自分の頭の中が落ち着くのを感じた。


「成、今まで私の夢をサポートしてくれてありがとう。これからは、あなた自身の夢を追う番よ」

「俺は…俺の夢は…」

「応援してるよ、だから、頑張って」

溜め息のような深呼吸をして、成がぱっと顔を上げた。視線がまっすぐぶつかる中、成が微笑んだ。とても優しい、でもどこか寂しそうな顔だった。


「じゃあ、またな」


玄関のドアが閉まる音、そして足音がどんどん遠くなり、最後には静かになった。まだ薄暗い中、彩響はしばらくその場に立っていた。徐々に部屋が明るくなり、完全に朝の日差しが差し込む頃、やっと気づいた。

ー終わった。

私の夢も、この妙に楽しかった生活も、なにもかもが。

30歳の、なんの面白みのない、ただお金を稼ぐだけの女に戻ってしまった。


「また…一人になっちゃった」