身も心もボロボロになって、やっと家の玄関に着いた。どうやってここまで来れたのか、よく覚えていない。中に入ると、自分のバッグを持ち出していた成が明るい声で迎えてくれた。


「彩響!おかえり!」


いまこの瞬間、最も会いたくて、最も会いたくない人。その顔を見た瞬間、抑えていた感情が込み上げてくる。彩響が視線をそらして答えた。


「…ただいま」

「出版社の人と会ってきたんだろ?どうだった?本いつ出るの?」


悪気のないその質問が、嬉しくて切ない。切なすぎて涙が出る。彩響は顔をそらしたまま返事した。


「…ごめん、今疲れていて」

「え?どうした?」


なにも言わないまま、彩響はそのまま自分の部屋に入ってしまった。様子がおかしいことに気がついたのか、成が追いかけてきた。上着も脱がずそのままベッドの上に倒れる彩響を見て、成の目が丸くなった。


「彩響?どうしたんだ、なにがあったんだ?」

「……」

「彩響!」


成が無理やり彩響を抱き起こす。至近距離でその顔を見た瞬間、涙が溢れる。あのクソ野郎が足に触れた感触や、自分を見るその目つき、そしてこの数ヶ月間、必死で完成した原稿のことまで。なにもかもが一気に来て溢れ出して、胸が痛い。痛いどころか、息もできない。彩響は何も言えず、ただただ息を殺して泣いた。更に慌てた成が聞いた。


「お願いだ、彩響。なにがあったのか言ってくれ。今日なんかあったのか?」

「…さっき…」


どこから言えば良いのか、どこまで話せば良いのか、混乱する中で彩響が口を開ける。思い出すだけでも吐き気がする。成は手をぎゅっと握ったまま、急かさず次の言葉を待ってくれた。


「…さっき…編集長という人に会ってきた」

「そう、それでどうなったんだ、そいつになんか言われたのか?」

「私の原稿を、本にしたかったら…自分と寝ろって言われた」

ここまで聞いた成の目が大きくなる。しばらくそうやって彩響の顔を見て、突然立ち上がった。彩響が驚いて彼を止めた。


「なに、なにするの?」

「当たり前だろ、そのクソ野郎ぶっ殺しに行くんだよ!どこで会ってきた?」



バイクのキーを手に取り、成が玄関に駆け出す。彩響もその後ろを追いかけ、成の手を引っ張った。成がこっちを振り向いて叫んだ。


「離せ、彩響!そんなやつ俺が殺してやる!」

「待って!!今更行っても誰もいないよ!」

「じゃああの出版社に行ってやる、どこだよ!」