忙しい時期を繰り返すと、時間は気づかないうちに凄い速さで流れていく。家と職場を何度も往復して、何度かの締切を終えると、いつのまにか成が旅立つ日が明日になっていた。彩響はいつも通り出勤の支度を終え、部屋を出てキッチンの方へ向かう。なんか騒がしいと思ったら、成が朝ごはんを準備していた。朝の食事としては結構派手なメニューたちを見ながら彩響が声をかけた。


「おはよう、朝からすごいね。全部美味しそう」

「あ、彩響。おはよう、取り敢えず座って」


成は今日の夜出ると言っていた。だから、朝ごはんを作ってくれるのはこれが最後だ。それを実感すると、すこし寂しくなる。しかしそのような感情はあえて見せず、彩響は普段どおり食卓へ座った。成も両手に味噌汁を持って食卓へ座った。


「これ、全部食べて。頑張って用意したから」

「うん、ありがとう。いただきます!」


成もなにも言わないが、きっと寂しいと思っているのだろう。この食卓もきっとそんな気持ちを代弁しているんだと思う。彩響は味噌汁を一口飲んで、成に聞いた。


「今日は何時に出るの?」

「9時。バス乗ろうと思う」

「そうか、私もその前には戻って来られるようにするよ」

「無理はするなよ。間に合わなかったら、鍵はポストに入れておくから」

「うん…いや、なるべく帰ってくるよ。今日はそこまで忙しくないと思うから。向こうに行っても頑張ってね」

「ありがとう」


成の表情は以前より明るくて、もう悩んでいたことから開放されたように見えた。よかった、これで安心して送り出される。引き続き食べる彩響をじっと見ていた成が再び口を開けた。

「あのさ、彩響。実は…」

ープルルル!

その瞬間、カバンから携帯が鳴った。確認してみると、登録されてない番号だった。彩響が首をひねると、成が気になる様子でこっちを見た。


「こんな朝から誰だろ?」

「出てみないとわからないだろ」


成の言葉に彩響が恐る恐る「通話」のボタンを押した。


「はい、峯野です」

ー「峯野彩響さんですか?」


聞き覚えのない中年男性の声が聞こえる。会社の人間かと思ったけど、番号が登録されていないはずがないのに…?


「はい、私が峯野彩響ですが…」

「私、アンブロック出版社の黒川と申します」