「もちろん。あなたを雇って正解だったと思うよ。お金貰ってるくせに逆に掃除させようとしたから、最初はイライラしたけどね」


振り返ってみると、そのイライラがいつの間にか消えていた。本当に掃除してよかったと思えるようになった。その気持ちを、どうにか伝えたい。分かってほしい。


「成、あなたがいたから、私は胸張って前を見られるようになったよ。家政夫という職が決して悪いとか、そんなことを言ってるわけじゃない。でも、あなたがずっと私を応援してくれたように、私もあなたを応援したい。こんなひねくれた性格の私さえこう変えられたから、あなたはどこに行ってもうまくやっていける。選手には戻れなくても、別の形であなたの夢が叶えられるかもしれないよ。だから…」
彩響の話を、成はただ黙って聞いていた。今の彼の顔からは、何を考えているのか全く分からない。それを見る彩響は、逸る心を必死で抑えながら話を続けた。

「ーだから、あなたが本当に望んでいた自分の未来を探し出してほしい。大丈夫、きっとうまくいくよ」

長い沈黙が二人を囲む。答えを急かさず、彩響はじっと待った。成の目を見つめて、決して視線をそらさない。どれくらいの時間が経ったのか、またすこしずつ焦り始めた頃、成が口をあけた。


「俺が家政夫やめても、俺たち友達でいられる?」

「…!じゃあ…?」


成が大きく溜め息をつき、すぐ元の顔に戻った。思い荷物を下ろしたような、とても軽い表情だった。


「うん、受けるよ、コーチのオファー」

「やったー!!」


嬉しさで、思わず成の体に抱きつく。慌てる成とは逆に、彩響は嬉しい声で何度も叫んだ。


「良かったー!!きっとお母さんも喜ぶよ!!おめでとう!!」

「いや、そこまで喜ぶと…凄い複雑な気分になるけど…」

「頑張ってね、応援するから!!弟子さん、ワールドカップに行かせるのよ!」

「まあ…頑張るよ。それより、さっきの質問の答えは?」

「え?あ…仕事やめてももちろん友達だよ。そんな、いきなり縁切ったりするわけないから心配しないで」

「…そっか…」


複雑な顔で成が彩響を自分から離す。つい興奮したことが恥ずかしくなり、彩響が謝る。


「あ、ごめん。つい嬉しくて」

「いや、まあ…そういうことにしておこう」

「…?」

「…戻ろう、彩響。又ハーゲンダッツ奢るよ」

「うん、ありがとう!!」

なんだか元気のない反応が気になったけど、取り敢えずオファーを受けてくれることが嬉しい。彩響は軽い足取りで成の後を追いかけた。