「だから、好きじゃないってば…」

「今日帰って、改めてお話してみて。何れにせよ、そろそろ答えを出さないといけないんでしょ?」


そうだ、もうこれ以上待たせると、今回のオファーはなかったことになるかもしれない。彩響は肯定の意味でうなずいた。

「…まあ、話はするよ」

「うん、頑張って。応援してるから」

「はあ…」

どうしてみんなこんな話が好きなんだろ。彩響はテーブルの上の伝票を持ち、レジの方へ向かった。
 


そして、その日の夜。

家に入ると、玄関先で蹲っている人影が見えた。一瞬びっくりしたけど、なんでもないように、彩響はあえて落ち着いた声で「ただいま」と声を書けた。その声に成が顔をぱっと顔を上げた。


「お帰り…待ってた」

「そう、どうする?ちょっと歩く?そと天気良いよ」

「…うん、そうしようか」


そのまま外にでて、いつか一緒に歩いた線路沿いを歩く。もう数ヶ月前のことになるけど、あのときのことは今でも鮮明に覚えている。合コンにでも出たように家族の話を聞いたり、穏やかな家庭の話で羨ましくなったり。


(それだけじゃない、お母さんのことも、Tresure Noteのことも…本当に、いろんなことがあったよね)


そこまで長くない時間だったはずなのに、頭のなかでは記憶がいっぱいだ。まだ「思い出」と呼べるほどではないけど…確かなのは、昔の自分なら思うだけで涙が出そうな出来事も、今なら穏やかな気持で振り返れるようになったということ。


このヤンキー家政夫さんに出会い、掃除をして、胸の奥に眠っていた熱情を探し出して、自分も再び夢を見ることができた。便器を掃除しながら、鍋を拭きながら、少しずつ教えてくれた。泥沼のような家でずっと沈んでいた人生が、少しずつ明るい方向に向かおうとしている。だから、何回言ってもこの感謝の気持ちを伝えるには物足りない。こいつのようにすぐ素直になれないけど、いつだって感謝する気持ちでいる。

涼しい風が頬を撫でる感覚になれる頃、ふと成が足を止めた。隣で彩響も足を止めた。


「俺が、ここで「俺を首にしないでくれ」とお願いしたこと、覚えている?」


そうだ、そんなことも言ってた。彩響は肯定の意味でうなずいた。それを見た成がまた質問する。

「あの時首にしなくてよかったと思う?」