海辺の撮影はなんとか終わった。ただ、モデルが約束した時間より1時間以上遅れて来たため、自然と撮影の時間も延びた。撮影が終わってすぐ、彩響は再び機材を片付けてタクシーを拾った。オフィスへ戻る途中でもスマホを離すことはできない。隣で佐藤くんがおずおずと声をかける。
「主任、今日4時30からミーティング…」
「知ってる!もう、なんでみんなこうも時間の感覚がないの?1時間も遅れるなんて、ありえない!モデルとしての基本概念もないやつじゃん!」
「えーと、なんかすんません…」
「ごめん、佐藤くんにキレてるわけじゃないの。ただ私がイライラしているだけだから」
「いやいや、俺気にしないんで!それより、着いたら俺すぐパワポのデータ取ってくるんで、準備しててください!」
お人好しの佐藤くんは笑って流してくれた。ああ、いいやつ。君ももうすこし余裕のある職場で社会生活スタートできたら良かったのに…。そんなことを思っても口には出せず、彩響はそのままタクシーから降りた。オフィスへ戻り、化粧を秒速で直して、脱ぎっぱなしていたジャケットを羽織る。急いだおかげでこれから30分くらい資料を再確認できそうだ。今日のミーティングには株主も参加するので、絶対ミスってはいけない。深呼吸をしていると、佐藤くんが走ってきた。
「主任!峯野主任!USBが見当たりません!」
「え、うそ?私、君の机の上からー」
そこまで言った瞬間、なにかがパッと頭の中に浮かぶ。そうだ、昨日家を出たとき、パソコンに挿したまま…。彩響が真っ青になって叫んだ。
「バックアップない?どっか保存してない?」
「俺が途中まで作ったデータなら残ってるっす。でも、それ確か主任が家で仕上げ作業するって言ってましたよね?だから…」
佐藤くんが言った通りだ。佐藤くんがベースの作業をして、それを個人のUSBに入れ、家で続きをして自分で完成させたのだった。やばい、どうしよう、もう時間がない…!!慌てる彩響の頭になにかが閃いた。そう、今家にいるではないか、あの「生意気な家政夫」さんが…!
「俺、今すぐ主任の家行ってきます!」
「ちょ、ちょっと待って!」
急いで佐藤くんの腕を掴んだ。緊急事態なのにいきなり止められ、佐藤くんは驚いた顔でこっちを見た。彩響はポケットからスマホを出し、登録された番号へ電話をかけた。電話が繋がった瞬間、説明は全部カットして大きい声で叫んだ。
「河原塚さん、私のUSB持って来てください、今すぐ!」