「そんな、なにもかも例外はあるし、たとえ契約の期間が残っていたとしても、そこは相談の上決めることかと。そして彼は私には一切何の話しもしてきていません」
「そうだと思ったわ。だから、申し訳ないけど…峯野さんが成と話をしてくれませんか?」
「え?私がですか?」
「そうです、私からはいくら説得しようとしても、話を聞かないんです。峯野さんのことはとても頼りにしているし、なにより自分を雇ってくれたことに恩を感じて、なかなか言えないかと思います。…あの子、今は明るくしているけど、一時期は本当自殺するんじゃないかと、ずっと心配したときもありましたよ。あれだけワールドカップに出たいと夢見ていたのに、それが一夜で全部無駄になったので…。母として、少しでも応援してあげたいです。形は違うけど、自分が育てた選手がもしワールドカップに出られたら、それはそれで又別の形で夢を叶えることだと思いますので」
幼い頃、自分はなにかを言う度に母に非難されるだけで、親とはそもそもそんなものだと思っていた。いや、違う。親は元々、心から自分の子供の夢を、気持ちを、大切に思ってくれるものだ。これが当たり前なのに…その「当たり前」の欠片も感じられなかった自分自身が悲しい。そして、こんな親を持つ成のことが羨ましくてたまらなかった。
「…お母さん、ご心配なく。本人と話をしてみます」
「本当に?!ありがとう、峯野さん!この恩は一生忘れません!」
「いえ、まだどんな反応をするか分かりませんので…」
「きっと母親よりは峯野さんのことを好きなんだから、無視したりはしないと思う」
「お母さんのこともきっと無視はしてないかと…」
「ハニー、事情を聞いてくれてありがとう」
またマシンガントークを始めようとするその瞬間、Mr.Pinkがいい感じに入ってきた。反応に困っていた彩響にはとてもありがたいことだった。
「取り敢えずは話をしてくれ。そして、契約の件は心配しないでくれ。この場合、うちの責任なので、他の家政夫に変えて差し上げよう」
そう、成がもしこの話にのるなら、自然に今の仕事も辞めることになる。すると今のようにずっと家で会えることは出来ないのだろう。それは少しさびしい、けど…。
「大丈夫です、せっかくのいい機会なので、がんばって説得します」