初対面のはずなのに、なぜかこの中年女性は自分の名前を知っている。驚いて目を丸くすると、彼女は早速自分の紹介をした。


「はじめまして、河原塚悦子と申します」

「河原塚…」


この苗字、聞き覚えがある。いや、とても聞き慣れている苗字だ。なら、この中年女性は…。


「もしかして…」

「そうです、成の母です！うちの息子がいつもお世話になっております！！」

（え？成のお母さん？！）


あまりにも予想外の人物の登場に、どう対応すれば良いのか一瞬迷った。どうして、成のお母さんがこんなところへ？慌てる彩響の手を握り、お母さんがまたはしゃぎだした。


「会いたかったわ〜こんな美人さんの家で働いているなんて、成のやつもラッキーだね〜」

「え？ああ、あの…恐縮です…」

「峯野さんはどんな仕事やってます？すごい忙しいそうですけど」

「あ、雑誌を作る仕事をやってます」

「すごい！雑誌と言いますと、書店で売ってるような？」

「そうです…」

「あら素敵！もしかしたら私買ってるかも！」

「あの、男性向けの雑誌なので…」

「男性向けなんですか？すごいね！格好いい！」


なにを言っても「凄い」「素敵」「格好いい」という褒め言葉しか戻ってこない。ここまで褒められると、逆にどう反応すれべいいのか分からなくなる。一生分の褒め言葉を全部聞いたと思う頃、じっと見守っていたＭｒ．　Ｐｉｎｋが助け船をだしてくれた。


「お母様、席に戻ったらいかがでしょう」

「あら、ごめんなさい、つい興奮しちゃって。成のやつ、「いい人の家で働くことになった」だけ言ってたから、ずっと気になってたんですよ。でも本当にいい人そうでよかったです」

「いいえ…こちらこそ、お世話になってます」


ソファーに座り、改めてお母さんの顔を確認する。改めて見ると、やはり似ていると思えた。特に目の周りとか、穏やかな印象とか…。成の話から想像していたお母さんはもう少し落ち着いた感じだったけど、これはこれで愉快でいい。このお母さんは、子供を自分の感情のゴミ箱にはしてなかったんだろう…。こんなことを考えていると、Ｍｒ．　Ｐｉｎｋが話題を振ってきた。


「ハニー、実は今日は話があって呼んだんだ」


Ｍｒ．　Ｐｉｎｋの声に、今までマシンガントークを披露していたお母さんの話が一瞬止まる。妙に空気が変わったのを感じた彩響が恐る恐る質問した。


「あの、どんな話ですか？」