床を掃除していた成がすぐ反応する。それを見ると、彩響もついテンションが上がる。やっと原稿が終わったことが嬉しく感じて来た。成がクフロアワイパーを持ったままこっちへ飛んできた。


「うん、ありがとう。大変だったけど、なんとか終わったよ」

「じゃあ、さっそくお祝いしないと!早く着替えて」

「え?出かけるの?どこに?」

「なに言ってるんだ、青春燃やすならあそこしかないだろ。さあ、早く用意して!」

「え?ええ??今から?もう夜…!」

「つべこべ言わない、早く!」


言われるまま外に出ると、成が自分のバイクに乗って現れた。彩響の近くまで来ると、なにも言わずにヘルメットを被せ、そのままバイクに座らせる。


「ちょっと、私バイクなんか乗ったことない…!」

「人生初バイク体験おめでとう!!さあ、しっかり捕まってろよ、行くぜ!」


派手な音と共にバイクが走りだす。なんなの、私、まさかどっか拉致られるの?!やっと人生やり直そうと思って、頑張ったのに、こんな形で終わっちゃうのー?!

「ヤダ、帰してー!!きゃああああーー!!」



空の声が、聴きたくて….

ふとテレビで流れていたCMの歌を思い出す。まだ冬にはなっていないが、夜の海風はすこし冷たい。彩響は水面とともに揺れる月の影を見ながら、ため息をついた。


「これが、あんたが言う『青春を燃やす』とこ?」

「あれ、もしかして嫌だった?最適な場所だろ、夜の海辺って」

「いや、そういう問題じゃなくて…」


いきなりバイクに乗せられ、わけも分からずそのまま走ること約1時間。やっとバイクが止まったのは人気の少ない小さな海辺だった。真夏の熱情を籠もっていたような海の家はもう閉まっていて、ゆったりと動く波の音だけが聞こえる。夜の海とは、なかなか古いセンスだな…と思いながら、彩響が周りを見回した。


「…ここ、以前もよく来てたの?」

「そう、1、2年くらい前まではほぼ毎日来てた。ここ、昼は人多いけど、夜は誰もいないから、頭冷やすには丁度いい」

「頭冷やしたい出来事がいっぱいあったの?」

「まあね」


そう言って、成は砂浜の方へ向かう。大きな足跡を残しながら、ずっと前に進むと、こっち
へ手を振った。潮風に揺れる彼の短い髪の毛がキラキラと光る。海と、イケメンと、月。絵になるその風景を眺めていると、成が叫んだ。


「こっち来なよ、彩響!風が気持ちいいぞー!」