「お茶とか飲む?」

「あ、ううん、大丈夫」

「じゃあ俺ベランダの掃除やってるから、なんかあったら呼んで」

「うん、分かった」


食卓でご飯を食べた後、成はベランダへ向かった。彩響はそのまま座り、Treasure Noteに今朝思い出した話を書き込んだ。なにごともない、穏やかな休日。平和であるのはありがたいことだが…彩響はふと先週のことを思い出した。



成はあの日、なにもなかったように帰ってきた。そして彩響の前で頭をぺっこり下げた。喧嘩を覚悟していた彩響はこの反応に、逆に驚いてしまった。


「ごめん、さっきは俺が悪かった」

「え?いいや、そんな…」

「全部忘れてくれ。そして…会社にも黙っていてくれるか?」

「それはもちろん…私も悪かったので…」

「じゃあ、今回はお互いなにもなかったことにしよう!それでいいな?」

「は、はい…」


その後、成は本当にいつもの姿に戻り、二度と大声を出すことはなかった。わざと気まずい空気にさせる理由もなかったので、彩響もそれ以上「なぜサッカーをやめたのか」しつこく聞いたりしなかった。正直、気にはなるが…人間誰しも言いたくない記憶一つや二つくらい持っているだろう。自分もそうであるように…。彩響は再びノートの上でペンを動かした。そして、そのときー。


「ピンポンー!!」


マンションのチャイムが突然鳴った。特に宅急便を待っていたわけでもなく、疑問に思い彩響はインターホンの画面を確認した。そして、この突然の訪問の相手を確認した瞬間、彩響の瞳が揺れた。チャイムを聞いた成がエプロン姿でこっちへ来る。それを見ると、更に心臓がバクバクと動き始めた。


「誰か来た?」

「や、や、や…!」


声がきちんと出ない。慌てる彩響を見て、成も一緒に慌てる。状況を把握してない彼が目を丸くして聞いた。


「え?なに、どうした?!」

「や、やばい、とにかくやばいの!!早くどこかに隠れて!」

「え、俺?隠れる?どこに?」


「どこでも良いから早く!!」

「隠れろって、どこに隠れればいいんだよ?」

「と、取り敢えずこっち来て!!」

彩響は成の手を引っ張り、そのまま浴室へ走った。連れて来られた成の唖然とした顔は無視して、彼を浴室の中へ押し込みそのまま扉を閉めた。もちろん、閉める前にきちんと言うのも忘れなかった。


「絶対出てこないで、絶対に!!」

「お、おい…!」


成を閉じ込めた後、リビングへ走るとすぐ誰かが玄関を激しく叩く音がした。成の靴を下駄箱に入れ、息を整える。そして彩響はなにもなかったように玄関を開けた。それと同時に、その前に立っていた人の不満の声が聞こえた。


「一体なにをしていたの?!私は待つのが大嫌いって知っているでしょう?!」

「すみません、お待たせしました…お母さん」

そこには、なるべく会いたくない、母が立っていた。