「さいきおばさーん!」

「あさみちゃん!」


天気の良い、とても平和な公園で、彩響は両腕を広げ走ってくる女の子を歓迎した。ピンクのリボンで髪を結んだ女の子は、彩響をぎゅっと抱きしめる。


「あさみちゃん、久しぶり!会いたかったよ!もう何歳?」

「あさみはさんちゃい!」

「そうか?早いね?」

「亜沙美、ママは彩響おばさんとおしゃべりしているから、あそこで遊んできて」

「はーい」


亜沙美を滑り台のところに行かせて、彩響は理央と一緒にベンチへ座った。あっちこっち走り回る亜沙美を見ながら、彩響が言った。


「早いね、もう亜沙美も3歳か。生まれたのが昨日のことのようなのに」

「そうね、数年後小学校行ったらまた同じこと言いそう」

「ランドセルくらい買ってあげるよ。最近はね、ランドセルも私たちの世代と違ってすごいカラフルなんだよね、ピンクとか、紫とか、水色とか…」


以前どこかの百貨店で売っていたランドセルを思いながら、彩響は楽しく話した。そしてふと、理央の表情が暗いことに気がついた。


「理央?どうしたの、なんかあったの?」

「彩響…私、離婚するかも…」

「離婚?!」


想像もしなかった単語に思わず大きい声を出してしまった。理央はしくしく泣きながら事情を説明した。


「夫が浮気しているの。今まで私には出張に行くとか言って、あの女と遊んでたらしい」

「そんな…」

「昨日これで大喧嘩したの。でも、あの女との関係をやめる気はないって言ってた。バツイチになって損するのは私だから、黙っていなさいって」

「なにそれ、土下座して謝るべきじゃないの?旦那さんの家族には言ったの?」

「言ってない。でもあの家族元々私のこと好きじゃないから、何言われるか…」


元々授かり婚で、仕方なく結婚するような感じはしたけど、まさかここまで図々しいとは…。彩響は長いため息をついた。これは、まるで自分の母を見ているようで、胸が苦しくなる。遠くでなにも知らずにただ楽しく遊んでいる亜沙美を見ると、更に苦しくなった。


「…亜沙美のことが心配ね」

「私、離婚しても大丈夫かな。亜沙美のこと、きちんと育てられるのかな。私は、結婚のために、亜沙美のためになにもかも諦めて今までやってきたのに…」

「……」


彩響は母のために、そして理央は娘のために。二人はなにかを犠牲にしてここまでやってきた。犠牲にした分、その分幸せになれると思って、だからこの道を選んだのに…。彩響は親友の手をぎゅっと握った。


「…理央。どんな選択をしても、私はあなたの味方よ。だからいつでもなにかあったら相談して」

「うん、ありがとう…」

「ママ!」


亜沙美が早足でこっちへ走ってきた。理央の手を引っ張り、自販機の方を小さい手で指す。

「おれんじじゅーすのみたい!」

「ジュース?」

「さいきおばさんものもう!いっしょにのもう!」

「あ、まったく…ちょっと待ってて、彩響。買ってくるから」


手を繋いで歩いて行く母娘を見て、彩響は苦笑いをした。

あんな小さい子に、自分と同じ苦しみを味わせたくない。なるべくきちんとした家族で、素直で優しい大人になってほしいのに…。

(いつだって、物事は希望通りにいかないんだよね…)