「そんなこと言ってる自分は、掃除で大事なものを見つけたの?」

「もちろん。俺が経験しているから自信持って言える。俺の人生は掃除で変わってる」

「…変わる前は、どんな感じだったの?」

「俺?俺は普通だよ。俺、あんたのように物書きとかは全然素質ないし、勉強もダメだったし、マジ普通なやつだったよ。今もそうだけど」


そんなこと言うわりには、何かありそうだけど…。言いたくなさそうな雰囲気を感じ、彩響は口を閉じた。一瞬錯覚しそうになったが、彼は労働者で、自分は雇用主だ。これ以上労働者をいじめる悪徳雇用主にはなりたくない。成は何もなかったように話題を変えた。


「俺、本読むのあまり好きじゃないけど、あんたが書くのなら読んでみたいな」

「はい?いや、人に見せるようなものでもないし、そもそも本になってません」

「じゃあ、本になったら読ませてくれるの?あ、俺が勝手に書店で買って読めばいいのか」

「だから、本になりませんてば」

「なんだよ、想像くらい良いじゃん。格好いいだろ?書店にさ、あんたの名前が書かれている本がこう、並んでて…ペンネームとかある?俺が付けてあげようか?」

「いえ、結構です」


他愛のない言葉を交わし、彩響は自分の部屋で寝る支度をした。ベッドで横になり、机の上においてあったTreasure Noteを手に取る。さっき書いた内容を読み直しながら、成の言葉も一緒に思い出した。


ー「格好いいだろ?書店にさ、あんたの名前が書かれている本がこう、並んでいて…」

「…そう、確かに格好いいね」

少し興奮していた成の顔を思い出すと、なんだか笑ってしまう。彩響はノートをベッドの下へ戻し、眠りに就いた。



会社の近所にある喫茶店に入り、彩響は周りを確認した。しばらくそこにいる人たちの顔を見ていると、誰かがこっちに手を振るのが見えた。彩響はそのテーブルに向かい、反対の席に座った。
「ご無沙汰しております、Mr.Pink」

「ハニー、突然呼び出してすまないね。元気そうでなによりだ」

「おかげさまです。で、今日はいかがなさいましたが?」

突然Mr. Pinkから連絡が来たのは丁度昼休みの時間だった。元々彩響に昼休みという概念はないのだが、少し余裕があったのでこうして喫茶店で待ち合わせをすることになった。彩響がドリンクを頼むと、Mr. Pinkがなにか白い紙を渡した。


「我が社は定期的に顧客満足度を図るためアンケートをしている。メールでも良かったが、良い機会だったので顔を合わせた方がいいと思ったので」

「なるほど、承知しました」

「…で、どうかな?ハニーはまだ彼を首にしたいのかな?」


Mr. Pinkの質問に、彩響は思わず「あっ」、と声を出した。そうだ、確かそんなことを言った。少し悩んだが、彩響は正直になろうと決めた。


「すみません、私が軽率でした。成、いや…河原塚さんを首にしたくないです」

「ほお?気が変わったのかな?」

「そうです。実際、彼にはすごく助けられています」

「詳しく聞かせてくれ」