夫婦の仲は円満で、特に目立つ事件もなく、特に子どもたちが大きい問題を起こすこともない、とても普通の家庭。そんな家庭で育ったからこそ、こんな明るく、こんな丸い性格になれたんだろうか。


「家政夫になると言った時、両親の反応はどうだった?」

「うちの親?いや、うちはいつだって放任主義だから、特になにも言ってないよ。『あんたの人生だし好きにしなさい』と言っただけ。いつだってそんな感じ」

「いいご両親だね」

「そうか?普通だと思うけど」


放任とか言っても、それは息子を信用しないとなかなか言えない言葉だ。疑いのない、その純粋な信頼関係を、とても羨ましいと思う。


(もし、私が入居家政婦になるって言ったら、母はどんな反応をするんだろ)


考えるまでもない。どこかで包丁でも持ってきて今すぐ死ぬか、自分を殺すか、どっちかにしなさいって叫んだはずだ。それで自分の気が済むまで叩くだろう。


「そんな金にもならない職を選ばせるため、私がここまで苦労してあなたを育てたんだと思うの?!どこまで私を裏切るつもりなの?!」


又辛い記憶がよみがえる。もうお金も稼いでいるし、これ以上母に束縛されることもないだろうに、思い出すと未だにこんな暗い気持ちになる。特に、目の前にこんなにも明るい性格の持ち主がいると、もっと…。

「彩響。実はこんなんじゃなくて…話したいことがある」


いきなり名前を呼ばれ、ぱっと顔をあげる。成が顔を近づけ、声をかける。


「彩響、本当に俺を選んでくれてありがとう。男を入居家政夫にするなんて、俺が言うのもあれだけど、簡単に決められることではなかったんだと思う」

「どうしたの、いきなり」

「いや、本当にこれは言っておきたかったんだ。こんないい雇用主のために働くことができて、俺は恵まれていると思う。本当にありがとな」


改めてこんなことを言われると、なんだかくすぐったくなる。彩響は視線をそらし、気まずそうに頬をこすった。

「そんな、私も必要だから雇っただけで…」

「うん、そう言うと思った。でも俺、本当に感謝している。だから彩響、あんたもなにかあったら遠慮せず言ってくれ。俺、頭悪いし、力になれないかもしれないけど…聞くだけなら俺だってできるから。だから…」

「…?」


「だから、首にしないでくれ、一ヶ月経っても」

その一言に、彩響は思わず笑ってしまった。そうか、もうバレていたんだ。彩響の笑いに成が真剣な顔で聞く。


「今、笑うところ?」

「ふっ…ごめんなさい、そんな真面目な顔初めて見たから」

「…で、答えは?俺、今日で首なの?」

約一ヶ月前に初めて会ったとき、とても生意気なやつだと思った。しかし今は結構その印象が変わった。正直、このままバイバイするには…勿体ないと思っている。ヤンキーに見えて、意外に誠実で、年寄りみたいに風水にこだわる、変なやつ。そして優しい部分もあり、自分のことのように相手を考えてくれる、よく分からない家政夫さん。


「…首にするには…まだ早いかな」


成の顔も徐々に明るくなった。やがてその顔は微笑みになり、彼が手を差し出した。大きくて広い、男の手。

差し出された手を握る。涼しい空気の中、手の感触がとても温かくて、彩響の顔にゆっくりと笑顔が滲んだ。


「ありがとう、彩響。これからもよろしくな!」

「…うん。よろしくね」


ーこうして、しばらくこのヤンキー家政夫さんとの生活は続くのであった。