いつも目が覚めたら急いで出勤するのが当たり前で、こんなにいい日差しが入ってくる部屋だとこれまで全く知らなかった。いや、もし少しゆっくりする暇があったとしても、汚れている窓からはきっと無理だったはず…。


「ほら、食べて」


河原塚さんが持ってきてくれたお盆の上にはお味噌汁と白ごはん、そして卵焼きが乗っていた。極シンプルだけど、だからこそ食べやすい。もぐもぐと食べていると、河原塚さんが心配そうに声をかけた。


「彩響、正直あんた働きすぎだと思う」


そんなこと、言われなくても知っている。でも素直に仕事多くて辛いです、というのもプライドが許さない。


「…今週はいろいろ重なって忙しくなっただけです」

「それにしてもこれは異常だろ。あんた、今週家に帰って来たの2、3回しか無いぞ。来ても着替えてすぐ出ちゃって」

「仕方ないの、私は女だから、やつらの2倍、いや10倍仕事をしないとあの会社で生きていけないんです」

「仕事は大事だけど、人間は仕事だけでは生きられないんだぞ。あんた、仕事以外なにかやってることあるの?趣味とか?」


河原塚さんの質問に彩響は一瞬箸を止めた。趣味?自分にとって趣味は仕事で、仕事が趣味で…。早速返事ができない彩響を見て、河原塚さんがため息をつく。


「友達とかは?」

「たまに会ってます」

「俺、この一ヶ月近く、あんたが友達と電話するの見たこと無いぜ」

「べつに河原塚さんの前で電話する必要ないでしょう」

「夜が明けたと思ったらすぐに出ていって、終電で帰ってきて、たまの休みは死体のように寝ているのに、一体いつどこで友達と遊んでるんだ?夢の中で?」

「勝手に私を殺さないでください」

「俺は心配してるんだよ。こんな生活をいつまでもしていたら、本当に死ぬぞ」


彩響はなにも言わずに、ただ出された朝ごはんをもぐもぐ食べる。

(そんないちいち指摘されなくても…)

彩響自身ももう知っていた。自分の人生が良い方向に進んでいないことを。しかし、もう既にこんなライフサイクルに慣れていて、これからどうすれば良いのかが分からない。自分自身はなにもかもに最善を尽くしているつもりなのに、どんどん体は疲れ、結婚は中止になり…。外から見たら誰もが羨ましがるキャリアウーマンなのに、その中身はボロボロだ。

「何度も言うけど、マジで一回俺と一日大掃除したほうが良いよ。一回掃除すれば、あんたが抱えている大体の問題は解決する」

「…どんな問題がですか?」

「そりゃ、物忘れも減るし、タクシー代も節約できるし、肌も綺麗になると思う。それ以外なら…自分にどんな問題があるのかは、やっぱり自分が一番詳しくない?」


掃除をすれば、自分の問題が解決する?

そもそも、自分の問題はなんだんだ?


ずっと頑張って自分の人生を生きてきたはずなのに、今自分は気絶して廃人のように過ごしている。どうにかしたいけど、どうすれば良いのかよく分からない。

(掃除をすれば…自分の問題がなんなのか、それが分かってくるの?)


ー本当に?
本当にそうなるの?