ハプニングの多い一日が終わった。ミーティングも順調に進み、株主は発表に満足したように見えた。多少は心配だったが、誰も彩響のスリッパを気にしていないようだった。普段あれこれうるさいセクハラ編集長にも、珍しく「おつかれ、うまくやった」と褒められ、彩響はやっと安心することができた。スッキリした気分で彩響は電車から降りた。


(なんか買っていきたいけど…こんな時間はコンビニくらいだもんね…)


認めたくはないが、あの生意気な家政夫さんに助けられたのは事実なので、なにかおごりたいと思った。でもどの店も閉まっていて、選択の余地がない。結局彩響はコンビニでアイスを大量に買い、外へ出た。丁度夜風も気持ちよく、なんだかテンションが上がる。ずっと仕事に追われていて、こんな軽い気持ちで退勤するのは結構久しぶりな気がする。とりあえず今日は無事終わったし、明日くらいは少しゆっくり出勤しても…。


「ただいまー」


マンションの玄関を開け、中へ入る。帰ってきた時、こんな風に電気が付いているのがまだ慣れなくて、不思議な気分になる。中から彼の声が聞こえた。


「お、お帰り!今日も遅かっ…」

(あれ…)

一瞬耳が遠くなるような感じがして、周りが暗くなる。

そしてすぐ、彩響の意識はFade Outした。



まぶたを開けると、見慣れた天井が見える。自分がどうやってここまで来たのかをじっくり考えてみても、よく覚えていない。彩響がゆっくり頭を横に回すと、そこにはあの家政夫さんの顔があった。


「起きた?あんた、昨日玄関でそのまま倒れたんだぞ。とりあえずここまで運んできた」

「え…それはどうも…」


そうだ。昨夜アイスを買ったことまでは覚えている。その後この家に帰ってきて、そして…。河原塚さんが心配そうに自分の手を彩響のおでこに当てる。


「一応熱は無いし、なんか食べれそう?」

「…はい」

「ちょっと待って、朝食持ってくるから」


そう言って河原塚さんが部屋を出ていく。彩響はベッドの上でしばらくぼーっとして、ふと眩しい日差しに気が付いた。自分の部屋に昔から付いている、大して特別な要素はない普通の窓。その窓の向こうから入ってくる鮮明な光に、思わず見惚れてしまう。どれだけ綺麗に拭いたのか、窓ガラスが透明すぎてまるでそこに何も無いように見えた。彩響が自分で拭いた覚えはないので、あれは間違いなく家政夫さんの作品だ。


(綺麗…)