「わぁ……すごく大きな学園」


目の前にそびえたつ建物と敷地の広さに、思わず何回もまばたきをして、口がポカーンと開いてしまう。


わたし忽那真白は高校1年生。

明日から、この紅花学園に通う生徒でもある。


ここは、お金持ちしか通えないといわれる名門校であり、かなり特殊な学園でもあるんだとか。


そもそも、どうしてわたしがこの学園に入学を決めたのかというと……。


わたしの家は、あまり裕福とはいえない。


小さい頃にお父さんを病気で亡なくしてから、お母さんとふたりで暮らす生活が何年も続いた。


お母さんにはたくさん苦労をかけたから、少しでもラクをさせてあげたいって、ずっと思っていた。


中学校は地元では結構有名な女子校に通わせてもらったけれど、学費がかなり高くて。


中高一貫校だったので、エスカレーターで高校進学が決まっていたけれど。


これ以上、お母さんに迷惑をかけるわけにはいかないと思って、少しでも学費が安いところ……もしくは学費が免除されるような高校を探していた。




そして、この紅花学園を見つけた。



ここの学園は、入学試験と定期的に行われるテストで上位の成績をキープすれば特待生として学費が全額免除されるみたいなので、ここに進学するのを決めた。



ちなみに紅花学園は全寮制。


今日は入学式前日で、入寮の手続きをしないといけないから、初めて制服に袖を通した。


普通の高校より特別感のある制服で、真っ白のブラウスに少し短めのネクタイに、チェック柄のスカート。


男の子は白のブレザーで、女の子はピンクのボレロ。

デザインも、すごく可愛い。


そして、わたしの制服には桜の校章がついている。


この学園では、桜の校章とバラの校章をつけている生徒がいるらしい。


どうして、ふたつに分かれているのかというと。


桜の校章は、人間である証拠。


そして、バラの校章は――吸血鬼である証拠。




そう、わたしがこれから通う紅花学園は、人間と吸血鬼が通っている特殊な学園なのだ。


なんでも吸血鬼は、人間よりも学力や運動能力に長けていて、国としても大事にしたい存在なのだそう。


だから、少しずつ人と共存できる場所を作るために、国が用意したのが紅花学園。


国から特別に支援された学園なので施設はかなり整っており、自然と優秀でお金持ちな生徒が集まった。


吸血鬼は人間と見た目がそんなに変わらなくて、普通に人間と同じように生活を送っている……らしい。


これは、ぜんぶ昔お母さんに聞いた話。


実際に吸血鬼は、人間みたいにたくさんいるわけじゃないし。


もし、出会っていたとしても見た目だけでは吸血鬼って判断できないみたい。


お母さんのもとを離れて心細いし、吸血鬼と一緒に過ごすのはちょっぴり怖いけど……。


甘えたことばかり言ってられないし、お母さんの負担を減らすためにも頑張らないと……!




とりあえず、早いところ寮に入る手続きをして荷物の整理もしなきゃ。


学園の敷地は、ほんとに広い。


校舎の数が多いのはもちろん、生徒が生活する寮もあるし、とにかく建物の数が多い。

どれも似たような建物だから、区別がつかないよ。


「どうやって寮まで行ったらいいの……!」


すでに迷子状態……。



大きな噴水があるところを通り抜けて、花壇がある中庭のようなところに来た。

もはや学園というより、お金持ちの人が住んでいそうな豪邸って感じ。


あと、いたるところに真っ赤なバラが咲いている。

どれもしっかり手入れされていて綺麗だし、バラをこんなにたくさん近くで見るのはあまりないかも。


何気なくバラに手を伸ばすと。


「うっ……いたっ」

茎の部分にあるトゲに気づかなかった。

よく聞くのは、綺麗な花にはトゲがあるってこと。


バラは、まさにその言葉どおり。


指先に軽くトゲが触れたせいで、わずかに血がにじむ。


せっかく新しい生活がスタートするのに、いきなりケガをするなんてついてないなぁ……。


ショボンと落ち込んでいると。



急にぶわっと風が吹いて、バラの花びらが舞って。


同時に、わたし以外誰もいなかったはずなのに背後に誰かの気配を感じて――。



「……甘い匂いする」


低くて落ち着いた声が聞こえて、後ろを振り返った。




そこに立っていたのは、この学園の制服を着た男の子。


まるで風みたいに現れてびっくり。


「……ちょっともらっていい?」

「へ……っ?」


もらうっていったい何を?って思ったけど、そんなの聞く隙も与えてもらえなくて。


スッとわたしの右手を取って、そのまま指先にキスを落としてきた。


いきなりのことにびっくりで、思わず目を見開いて固まったまま。


キスをされたことにも、びっくりしてる。


でも、それ以上に驚いているのは……。


「ん……やっぱり甘いね」


さっき、バラのトゲで切った指から流れている血を、軽く舐めているから。




「……こんなに甘い血もらったのはじめて」


フッと薄く笑った顔が、なんとも妖艶で。


そして、ネクタイについているのは――バラの校章。


と、ということは……吸血鬼?

うわぁ……本当に存在したんだ!

本物、初めて見た……。


見た目は、ほんとに人間の男の子と変わらない。

というか、普通の男の子よりも極上にかっこいいような。


真っ黒な艶のある髪色に、どこか儚げな瞳。


鼻筋はしっかり通っていて、唇の形もすごく整ってる。


思わず見惚れちゃうほど。
人を惹きつけるような雰囲気を持ち合わせていて、ちょっと寂しそうな感じにも見える。