「鍵、おっこちてた。ポスト、底が抜けてるよ。」

太一だ。

私は部屋にいるときは大概音楽を聞いていて、インターホンの音に気付かないので、ポストに鍵を入れている。

無用心と言われてしまえばそれまでだけど、駅から離れたこんな古いアパート、誰もきやしないというのが私の考えだ。

怠惰な性格への言い訳。

「ばあちゃんが、南瓜の煮付け詰めてくれたよ、なんかすごい甘いの。お菓子みたいよ。」

「ありがと。冷蔵庫いれといて。」

太一のおばあちゃんのお煮付けはいつも味が違う。いや、お煮付けどころか、カレーですら味がよくかわる。

だけどすべて美味しい。数か月に一度気が向いたときにしか料理をしない私は、これを楽しみにしている。

ヘッドフォンを外し、漏れてくる音を聞きながら、部屋の隅に寄せておいた布団を敷く。

ほこり臭い。もう何日も干してない。

私は、女という性別にむいてない。

そんなことを考えながら、布団にするすると入り、横に座る太一を見つめる。

「今日、泊まっていきなよ。朝になったら自転車で送ってあげるからさ。」

「んー、そのつもりで来た。」

それなら話は早い、と、私は布団から飛び上がり、お風呂場に走り、浴槽に湯をはり始めた。

戻ると、太一が布団に入っている。床に転がったヘッドフォンを見つめて。

「ゆかちゃん、この音はフィッシュマンズだな?」

「正解。」

やっぱりね、と笑いヘッドフォンを装着し、音の大きさに驚いて音量を小さくした。

いつから私たちは、同じ音楽を聞いて、同じように心を震わせるようになったのだろう。

同じ音楽を聞いて、同じように、涙を流すようになったのだろう。

太一のほっぺたに顔を寄せて、漏れてくる音を聞く。

素晴らしくて、ナイスチョイスな瞬間が、ここにある。


それから私たちは、小さなお風呂で身を寄せて、小さな布団で声を殺してセックスをして

小さな未来に期待もせずに、大きないびきをかいて眠った。