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アイドル、モデル、女優、パティシエ、トリマー、獣医さん、動物園の飼育員、ブリーダー、女料理人。
あとなんだっけ?
あ、漫画家と小説家。
それからなんだっけ?
お母さんに言われたとおり夢をひとつに絞ろうと思ってノートに書き出しているのだけれど、そもそもどれだけの夢を持っていたのか思い出せない。
途中で忘れてしまった夢も沢山ある。
「この中からひとつに決めるなんて無理だよ」
とりあえず書き出してみた夢を見つめて呟く。
どれもこれも輝かしく見えて、諦めるにはもったいない仕事ばかりだ。
これらの仕事につくことができたら、きっと幸せな毎日を送ることができるはずだ。
「あ~あ、いっそ全部の夢が叶えばいいのに」
口に出して言ってみて、ふっと笑う。
さすがにそんなことは無理だとわかっている。
獣医さんをしながらモデルをして、ドラマにも出て、料理を作るなんてこと。
お母さんが言うように、夢が多すぎると本当にひとつも叶えることができなくなるんだろうか?
考えてみても、ミハルには難しくてよくわからない。
すでに将来の夢を定めて頑張っている子もいるけれど、ミハルにはまだそれは難しそうだった。
「頭使ったら眠くなっちゃった」
まだ夜の10時前だったけれど、ミハルは大きくあくびをしてベッドに潜り込んだのだった。
翌朝の登校時間中、ミハルは大好きなアイドルの歌を口ずさんでいた。
カバンを持っている両手は自然と振り付けを踊ってしまう。
やっぱりアイドルがいいかな。
可愛い衣装を着てステージに立つのって素敵。
上機嫌でその場でターンをしてみたとき、狭い路地にギラリと光る2つの目玉を見つけてミハルは小さく悲鳴をあげていた。
思わずその場に立ち止まって暗い路地へ視線を向ける。
すると暗闇の空気が動き、一人の老婆が姿を現した。
腰が曲がっている小さな老婆は紺色の服を着ていて、それが暗闇と同化してしまい、目玉だけ浮かんでいるように見えたみたいだ。
目玉の正体がわかったミハルはホッと大きくため息を吐き出した。
あぁ、びっくりした。
「そこのお嬢さん。ちょっと道をお尋ねしたいんじゃがの」
老婆がしわがれた声で言った。
「どこへ行きたいんですか?」
「孫が働いている市立図書館へ行きたいんじゃ」
「市立図書館なら、この大通りを真っ直ぐ行って、右手にありますよ。歩いて5分くらいだから、お婆ちゃんならもう少しかかるかもしれません。あと、図書館が開く時間は10時だから、まだ少し早いかもしれないですよ? 図書館の前にはベンチが設置されているし、公園もあるけど、オススメは隣の喫茶店です。朝早くから開いているし、紅茶がとっても美味しいですよ!」
ミハルは自分の知っている情報をできるだけ詳しく教えてあげた。
老婆はこれから孫に会いに行くようだけれど、その前にどこかで時間を潰した方が良いと思ったからだ。
おばあさんがひとりでずっと外にいるのは危ないに、体がしんどくなるかもしれない。
それなら喫茶店が最適だ。
そんな考えが一瞬にして頭の中に浮かんできた。
「おやおや、こんなに親切に教えてくれるなんて、ありがとうね」
老婆はしわしわの顔を更にしわしわにして微笑んだ。
最初は少し怖いと感じたけれど、そうやって笑顔を向けられると可愛いおばあちゃんだと感じる。
ミハルは少し照れて頬を赤らめ、頭をかいた。
胸の中がくすぐったい感じがする。
「お嬢さん警察官に向いているんじゃないかい?」
そう言われてミハルの胸が高なった。
警察官。
それもいいかもしれない。
今みたいに困っている人の手助けをするんだ。
自分が警察官の制服を着ている姿を想像して気持ちが高揚してくるのを感じた。
私の本当の夢は警察官だったのかも。
そんな風に感じ始めたとき、老婆が大きなバッグの中から瓶を取り出してミハルに握らせた。
「優しくいお嬢さんにキャンディーをあげる」
「キャンディー?」
手のひらに収まるくらいのサイズの瓶の中には、色とりどりの丸いキャンディーが入っている。
太陽にかざしてみるとキラキラと輝いてとても綺麗だ。
「でも、これはおばあちゃんのオヤツでしょう? 私が取っちゃ悪いです」
「いいのいいの。このキャンディーもお嬢さんに食べられたがっているみたいだか
らねぇ」
老婆の言葉にミハルはマジマジとキャンディーを見つめた。
キャンディーが私に食べられたがっているって、一体どういう意味だろう?
「いいかい? このキャンディーは眠る前にひとつだけ食べるんだ。そうすると、自分の夢が現実になったときの夢を見ることができる。不思議なキャンディーなん
だよ」
「自分の夢が現実に!?」
「あぁ。ただし夢の中の話だよ? 夢のを叶えた自分の姿を夢の中で見ることができる。そういうキャンディーさ」
素敵!
すぐにミハルはそのキャンディーの虜になった。
私の夢は沢山ある。
その中のどれが夢の中に出てきてくれるんだろう?
今からわくわくしてしまう。
「おばあちゃんありがとう! あれ?」
ミハルが顔を上げた時、老婆はもうどこにもいなかったのだった。
☆☆☆
「まぁたミハルの夢が増えた」
学校で昨日の出来事を話したミハルにマイコとチアキがくすくすと笑う。
動物と関わる仕事がしたいこと。
女料理人も捨てがたいこと。
そして今朝、警察官に向いていると言われたことなどをミハルは楽しそうに話した。
「だって、みんなが私にむいてるとか言うんだもん」
「ミハル、お世辞って知ってる?」
含み笑いを浮かべたマイコにそう言われ、ミハルはムッと唇を尖らせた。
確かに、お母さんはお世辞だったかもしれない。
ずっと下手くそだったことを見てきているし、その頃に比べれば料理も上達しているから。
だけど、今朝の老婆は違う。
ミハルと初めて会った人が、そこまでのお世辞を言うとは思えない。
「そういうこと言って、2人はどうなの?」
ミハルの言葉にマイコとチアキは目を見交わせた。
「誰にも言わない?」
マイコにそう言われて、ミハルは首をかしげる。
「どうして?」
「どうしてって、自分の夢をいろんな人に知られたくないでしょう?」
そう言われてもミハルにはよくわからない。
ミハルは夢を持つとすぐにそれを人に伝えてしまう。
だから友達や両親から呆れられてしまうのだ。
「本当に現実にしたい夢って、そう簡単に人には話せないんだよ?」
チアキが真剣な表情でそう言った。
「そうなんだ?」
「うん。恥ずかしさもあるけど、叶うわけがないって否定されることが怖いの。どれだけ努力していても、その努力はなかなか人には伝わらないから」
努力……。
ミハルは2人から机の上に視線を落とした。
自分は夢を叶えるためにどのくらいの努力ができているだろうか。
あれもこれも同時にやったって、結果はついてこない。
みんなが言っていたことはそういうことだったのかもしれない。
「ごめん、トイレ」
ミハルは小さな声でそう言って教室を出たのだった。
☆☆☆
ベッドの中で大好きなアイドルのMVをスマホで見ながら眠くなるのを待つのが、ミハルの日課だった。
今日もベッドにうつ伏せに寝転んでスマホ画面を見つめている。
時々歌詞を口ずさんだり、体を揺らして曲に乗る。
そろそろ眠気が襲ってきたという時に、テーブルに置かれているキャンディーの瓶が視界に入った。
「そうだった!」
ミハルはスマホを投げ出して老婆からもらったキャンディーの瓶を掴む。
中には赤や黄色オレンジなど色々な色のキャンディーが入っている。
瓶の蓋を開けて一粒手のひらに取り出した。
出てきたのは緑色のキャンディーだ。
口に入れてみるとマスカットの味がした。
「う~ん、美味しい!」
それは今まで食べてきたどのキャンディーよりも美味しくて、頬が落っこちそうになるくらいだ。
同時に強い眠気が襲ってきて、ミハルはすぐにベッドにもぐりこんだ。
口の中で小さな飴玉を転がしながら、ミハルは夢の中へ落ちていったのだった。
☆☆☆
「ここは……ペットショップ!?」
夢の中でミハルはペットショップの店員になっていた。
茶色いエプロンを付けて、右手には犬用の餌を持っている。
ゲージの中では沢山の子犬たちがミハルの餌を待って吠えていた。
「わぁ、可愛い! 餌がほしいのね? ちょっと待って」
ミハルはすぐにゲージに駆け寄り、ひとつひとつの開けてトレーの中に餌を入れてあげた。
子犬たちはすぐに駆け寄ってきて、勢いよく餌を食べている。
餌をあげたあと子犬たちは眠くなる。
ミハルは一匹の子犬を膝に乗せてブラッシングを始めた。
子犬は心地よさそうに目を細めて、すぐに眠ってしまった。
子犬の暖かな温もりと、柔らかな毛並みを感じて頬は緩みっぱなしだ。
「あぁ、幸せな仕事! やっぱり私はペットショップの店員さんになりたい!」