「そんなに怒ってどうしたの? 接着剤くらい、また買ってあげるから」
「もしかして、全部使っちゃったの!?」
「えぇ。他にも直したいものもあったから」
そんな……!
ショックでその場に崩れ落ちてしまいそうになる。
どうにか両足で体を支えて、スマホを手にとった。
なくなったのならもう1度購入すればいい。
そうだ、今度はなくならないように沢山買っておこう。
値段はたったの200円だし、これからお母さんだって買ってくれるはずだ。
そう考えて震える手でスマホを操作する。
以前購入したサイトを表示させて購入ボタンを押そうとした時、そのボタンが押せないことに気がついた。
普段は黄色く表示されている購入ボタンが、今は灰色で表示されている。
これは今は購入できない。
在庫がないという意味だった。
「うそでしょ」
何度購入ボタンをタップしてみても反応がない。
試しに他のサイトも確認してみたけれど、取り扱い自体が少ないようで、あってもすべて売り切れていた。
それでもセイコは探し続けた。
必ずどこかにあるはずだ。
全部なくなるなんて、そんなことないはず。
そしてたどり着いたのはオークションサイトだ。
《人間接着剤》
その文面を見た瞬間セイコの鼓動は早くなった。
ほら、あった!!
オークションの最終時間は一週間後になっている。
これならまだ間に合う!
元値は200円だから、それよりも高い値段をつければすぐに買うことができるかもしれない。
大急ぎでタップして画面を表示させる。
その瞬間、赤い数字が目に飛び込んできた。
100万円。
その表示価格に愕然とする。
まだ一週間もあるのにすでにこの価格。
これよりももっともっと跳ね上がるかもしれないということだ。
みんな、この接着剤の効果を知ったんだ。
だからこんな金額になってるんだ。
こんなの、買えるわけがない……!
「接着剤くらいでなにそんなに落ち込んでるの?」
母親は呆れた声を残して、セイコの部屋から出ていったのだった。
セイコの生活は元通りになっていた。
一人で学校へ行き、一人で休憩時間を過ごし、一人で帰る。
本当に元の生活に戻っただけだった。
「それでね昨日ね」
教室内にはトオコたちの楽しそうな話声がしている。
だけどそちらを振り向くことはない。
見てしまうと胸が潰れるような感情に襲われてしまうからだ。
今のセイコはできるだけ大人しくして、気配を消すようにして過ごしている。
1度知ってしまった友人のいる生活はとてもにぎやかで華やかで、とても自分にはふさわしくないものだと、思い込むことにした。
だからいいんだ。
このままでいいんだと。
それでも、楽しさを知ってしまった今、トオコたちの話し声が胸に突き刺さってくる。
その声から逃げるように文庫本に視線を落としたとき、「なぁ」と、後からぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
どうせ自分以外の誰かに声をかけたんだろう。
このクラスに仲のいい友人なんていないんだから。
そう思ったが、今度は肩を叩かれた。
間違いない、今のは私に声をかけてきたんだ。
そう思うと瞬間的に胸が踊って勢いよく振り向いた。
そこに立っていたのはユウキで、目が合った瞬間心臓が大きく跳ねた。
思わず視線をそらしてうつむいてしまう。
「これ、落ちてたから」
ユウキが机に置いたのは消しゴムだった。
いつの間に落としたのか、気が付かなかった。
「ありがとう」
感謝の言葉も消え入ってしまいそうだ。
「あのさ」
続けて言われてセイコはゆるゆると顔をあげた。
今はメークもやめてしまって、顔を見られるのは少し恥ずかしかった。
「みんなと話したりしないのか?」
ユウキにそう聞かれて、セイコはまたうつむいてしまった。
こんな暗くて地味で目立たない自分と友達になってくれる子なんていない。
そんなの、ユウキだってわかってるはずなのに。
答えられずにいたとき、トオコたち3人が近づいてきた。
トオコはどこか気まずそうな表情を浮かべている。
「私でよければ、友達になろうよ」
トオコの口からそんなことを言われてセイコは目を見開いた。
咄嗟には返事ができなくて固まってしまう。
「一人ぼっちって寂しいよね。その気持ち、よくわかるから」
「トオコ……」
「それに、私も自慢ばかりして、そういうのみんなから見たらどうだったのかなぁって、考えたりしたんだよね。それが原因でハルナとカナが遠ざかっちゃったのかなぁって」
セイコは下唇を噛みしめる。
2人がトオコから離れた理由を、トオコはすでに知っているはずだ。
引き剥がし剤を使ってすぐに、友人たちはトオコの元へ戻って行ったのだから。
「私達も、セイコと仲良くなりたい」
「セイコとおしゃべりするのも結構楽しかったよね」
ハルナとカナが照れくさそうに言う。
「みんな……」
人間接着剤の力を借りてみんなの心を動かした。
そんな自分にこんなに優しい言葉をかけてくれるなんて思ってもいなかった。
胸の奥がジワリと暖かくなり、それが涙腺を刺激した。
涙の膜のせいで視界が滲んでみんなの顔が歪んでみえる。
「なに泣いてんの。変な子」
トオコのぶっきらぼうでも優しい声が聞こえてくる。
「トオコが美味しいチョコレート持ってきてくれてるよ」
「それを食べたらきっと元気になるって!」
ハルナとカナがセイコの背中を痛いほど叩いて元気づける。
「みんな……ごめんね。ありがとう」
泣き笑いの顔を浮かべて、セイコはそう言ったのだった。
☆☆☆
こんにちは闇夜ヨルです。
今回のお話は人間接着剤。
この接着剤は本当に効果があるみたいだね。
ちょっと欲しいと思っちゃったりした?
でも、そんなものに頼らなくても友達を作ることはできる。
セイコちゃんがいい結果になって本当によかったよ。
さて、次は誰の恐怖体験を覗き見しようかな?
ミハルは踊り場の鏡の前で右手をマイクを持つように軽く握り、足で左右にステップを踏んで、鼻でハミングをした。
鏡の中のミハルもそれと同じように軽快に動いている。
「ミハル、なにしてるの?」
同じ2年C組のマイコとチアキがやってきて、不思議そうに声をかけた。
「見てわからない? 練習だよ」
「練習?」
マイコが首をかしげると、短い髪の毛がサラリと頬にかかった。
「体育でダンスとかあったっけ?」
メガネでお下げ髪のチアキが呟く。
「体育の授業なんかじゃないよ。私は将来アイドルになるんだから、それの練習!」
ミハルはステップをやめて2人の前で腕組みをした。
長い髪の毛はポニーテールにされていて、赤いリボンで結んである。
「あれ? ミハルの将来の夢ってモデルじゃなかった?」
「え? 女優さんでしょう?」
マイコとチアキは口々に言って更に首を傾げてしまった。
「もう! そんなのどっちでも良いの! っていうか、今はアイドルも女優もモデルもする人沢山いるでしょう!?」
「それはそうだけどさ……」
ミハルの剣幕にチアキが後退りをする。