闇夜ヨルの恐怖記録 1

人間接着剤を購入するキッカケになったSNSを探し出し、購入サイトへ飛ぶ。


そこで説明を再度読み直した。


《人間接着剤

この商品は人の心と心をくっつけることのできる商品です。


まず自分の手に接着剤をつけます。


その手で、仲良くなりたい相手と握手をします。


そうすればあなたの心と相手の心はしっかりとくっつくことになるでしょう》


ここまでは説明書に書かれていたのと同じものだ。


これ以外になにか情報がないだろうか?


そう思って読み進めてみても、1度くっつけた関係が離れることはないと書かれているだけだった。


使用量や効果のある期限については書かれていない。


だけどそんなことはないはずだ。


じゃないと突然効果が切れた理由がわからない。
血走った目で画面を凝視していると、類似商品の中に気になるものを見つけた。


「引き剥がし剤……?」


口に出して呟いた瞬間背筋がゾクリと寒くなった。


すぐにタップしてその商品を表示する。


《引き剥がし剤

この商品は人間接着剤でくっつけた人間関係を引き剥がすことができます。


人間接着剤を使って友達や恋人を取られてしまい、取り返したい時に有効です。


使い方は、この液を手に塗って人間接着剤を使った人と握手をするだけ》


「なによこれ!」


思わず悲鳴のような声を張り上げて、トイレ内に響き渡る。


スマホを持つ手が小刻みに震えて呼吸が苦しくなってきた。


そして昨日の放課後目の前でこけたトオコを助け起こしたことを思い出す。


あの時わざと私の前でこけたんだ!!


その手には引き剥がし剤が塗られていたに違いない!!


セイコは下唇を強く噛み締めた。
効果がなくなったのはトオコのせいだったんだ。


一人ぼっちになったトオコを可愛そうだと思ったことを、今では後悔している。


同情なんてしていなければ、昨日手を差し伸べることだってなかったのに。


幸いなことは人間接着剤がまだ残っていることだった。


明日忘れないように学校に持ってきて使わないといけない。


同じ人間に使うのは嫌だったけれど、こうなってしまうとどうしようもなかった。


セイコは奥歯をギリッと噛みしめる。


無駄に使わせやがって。


湧いてくる怒りを押し込めて、トイレから出たのだった。
放課後になると誰よりも先に教室を飛び出して昇降口へ走った。


靴を履き替えるのももどかしく外へ飛び出し、校門を抜ける。


こういう時に自転車学区ならよかったのにと感じる。


残念ながらセイコの家は学校から2キロしか離れていないため、自転車通学にはならなかった。


それでもできるだけ早く家に帰りたくて早足で歩道を歩く。


家の屋根が見えてきた頃には息が切れて、汗が額から流れてきていた。


それを気にする暇もなく玄関に入り、靴を脱ぎ散らかして階段を駆け上がる。


リビングから母親の声が聞こえてきたけれど答える余裕だってなかった。


自室に飛び込んで机に駆け寄り、引き出しを開ける。


中の物をひっくり返して接着剤を探すけれど、見当たらない。


ここじゃなかったっけ?


右側にある引き出しを開けてそこも調べる。


やっぱりない。


「入れておいたはずなのに!」


使い切っていない人間接着剤があるはずだ。


必ず!
そう思って必死に探しても接着剤は見つからない。


一番下の大きな引き出しの中にもなくてセイコはその場に立ち尽くした。


「なんでないの!?」


大声を張り上げて叫び、引き出しを取り出して文字通りひっくり返していく。


引き出しの奥の方へ入ってしまったのかと思ったが、それでも見つけることができなかった。


「ちょっとセイコ、大きな声をあげてどうしたの?」


セイコの声に気がついた母親がノックもせずに部屋に入ってくる。


そして荒れ放題の部屋を見て目を丸くした。


「なにしてるのあんた!」


「接着剤を探してるの!」


母親に怒鳴られたって気にならないくらい焦っていた。


あれがないと再びくっつくことができない!


「接着剤? あぁ、それからお母さんが借りたのよ」


その言葉にセイコは動きを止めて、マジマジと母親を見つめた。


「リビングの椅子の足が折れちゃったから」


何でもない様子の母親は、あれがどういうものなのか理解していないみたいだ。


「どうして勝手に人のものを使うの!?」


今にも掴みかかりそうな勢いで母親に駆け寄る。
「そんなに怒ってどうしたの? 接着剤くらい、また買ってあげるから」


「もしかして、全部使っちゃったの!?」


「えぇ。他にも直したいものもあったから」


そんな……!


ショックでその場に崩れ落ちてしまいそうになる。


どうにか両足で体を支えて、スマホを手にとった。


なくなったのならもう1度購入すればいい。


そうだ、今度はなくならないように沢山買っておこう。


値段はたったの200円だし、これからお母さんだって買ってくれるはずだ。


そう考えて震える手でスマホを操作する。


以前購入したサイトを表示させて購入ボタンを押そうとした時、そのボタンが押せないことに気がついた。


普段は黄色く表示されている購入ボタンが、今は灰色で表示されている。


これは今は購入できない。


在庫がないという意味だった。
「うそでしょ」


何度購入ボタンをタップしてみても反応がない。


試しに他のサイトも確認してみたけれど、取り扱い自体が少ないようで、あってもすべて売り切れていた。


それでもセイコは探し続けた。


必ずどこかにあるはずだ。


全部なくなるなんて、そんなことないはず。


そしてたどり着いたのはオークションサイトだ。


《人間接着剤》


その文面を見た瞬間セイコの鼓動は早くなった。


ほら、あった!!


オークションの最終時間は一週間後になっている。


これならまだ間に合う!


元値は200円だから、それよりも高い値段をつければすぐに買うことができるかもしれない。


大急ぎでタップして画面を表示させる。


その瞬間、赤い数字が目に飛び込んできた。
100万円。


その表示価格に愕然とする。


まだ一週間もあるのにすでにこの価格。


これよりももっともっと跳ね上がるかもしれないということだ。


みんな、この接着剤の効果を知ったんだ。


だからこんな金額になってるんだ。


こんなの、買えるわけがない……!


「接着剤くらいでなにそんなに落ち込んでるの?」


母親は呆れた声を残して、セイコの部屋から出ていったのだった。
セイコの生活は元通りになっていた。


一人で学校へ行き、一人で休憩時間を過ごし、一人で帰る。


本当に元の生活に戻っただけだった。


「それでね昨日ね」


教室内にはトオコたちの楽しそうな話声がしている。


だけどそちらを振り向くことはない。


見てしまうと胸が潰れるような感情に襲われてしまうからだ。


今のセイコはできるだけ大人しくして、気配を消すようにして過ごしている。


1度知ってしまった友人のいる生活はとてもにぎやかで華やかで、とても自分にはふさわしくないものだと、思い込むことにした。


だからいいんだ。


このままでいいんだと。