約束の日はとてもいい天気だった。
空には雲ひとつない日本晴れだ。
セイコはこの日精一杯のオシャレをしていた。
持っていた服の中で一番可愛いものを来てきた。
青いワンピースの上に白いカーディガンを羽織り、頭には麦わら帽子をかぶっている。
足元は白いサンダルで、ヒールがないから歩きやすいはずだった。
「セイコ!」
自分を呼ぶ声がして振り向くと、私服姿のユウキが走ってやってきた。
ジーンズとTシャツ、首元には小さな十字架のネックレスが揺れている。
その姿に心臓がどくんっと跳ねた。
私服姿のユウキは制服のときとは違ってとてもかっこよかった。
「ごめん、遅刻した」
そう言いながら走ってきても、まだ約束の5分前だ。
セイコが楽しみ過ぎて早く到着してしまったのだ。
「大丈夫だよ。今日はバスで移動するの?」
「あぁ。ここから遊園地まで直通バスが出ているんだ」
ユウキが指定してきた約束場所がバスのり場だから、そうだと思っていた。
「あと5分でバスも来るよ」
「うん」
2人は青いベンチに座り、バスの到着を待ったのだった。
☆☆☆
「お茶持ってきたよ」
バスに揺られながらセイコはペットボトルのお茶を2本取り出した。
移動中に飲み物くらいないと辛いと思って、前日にコンビニに行って買ってきておいたのだ。
「サンキュ。セイコってすごく気が利くよな」
走ってきたトオルはすぐにお茶を受け取ってキャップを外し、一口飲んだ。
「そんなことないよ」
謙遜して言いながらも、そうやって褒められることは嬉しかった。
「教室でも、歩いていてゴミを見つけたらすぐに拾って捨てに行くだろ? そういうの、なかなかできないって」
そう言われてセイコは驚いて目を見開いた。
確かに、セイコは床に転がっているゴミが気になって拾って捨てることがあった。
でも、それをユウキが見てくれているなんて思ってもいなかった。
「見てくれてたんだ」
「当たり前だろ? セイコのことはずっと見てたんだから」
「え? それってどういう意味?」
ビックリして聞き返す。
ずっとって言うのは、私が接着剤を使う前からという意味だろか?
「好きになったのは最近だけど、ずっと友達だったじゃん」
なんでもない様子で言うユウキに、セイコは唖然とした。
中学に入学してからはほとんど会話をしていなかったから、友達だと思われているなんて、思っていなかった。
「ずっと、友達だって思っていてくれたの?」
「当たり前だろ? 小学校の頃河川敷で応援してくれたときから、俺にとってセイコは特別な友達だった」
ユウキはまっすぐにセイコを見てそう言った。
嘘をついているようには見えなくて、セイコから視線をそらせてしまう。
てっきりユウキからは全く見向きもされなくなっていたと思っていた。
ずっと友達だと思ってくれていたのなら、もっと沢山話しかければよかった。
そうすれば、接着剤なんかに頼らなくても……そこまで考えて、左右に首を振って考えをかき消した。
そんなことない。
ユウキと付き合うなんて想像もできないことだった。
あの接着剤を使ったからこそ、今こうしていられるんだ。
「セイコ? 怖い顔してどうした?」
「ううん、なんでもないよ」
セイコは慌てて笑顔をつくったのだった。
☆☆☆
休日の遊園地は沢山の人でごった返していた。
家族やカップル、友人同士のグループが所狭しと歩きまわっている。
「さすがに人が多いな」
「そうだね」
「手、掴んでて」
迷子になってしまわないように、ユウキはトオコの手を握りしめた。
その温もりにどきどきしてしまう。
デートのたびにこうして手を繋がれたら、心臓がもたないかもしれない。
「セイコ、最初にどれ乗りたい?」
「えっと……コーヒーカップ、かな?」
「よし、じゃあ行こう」
地図でコーヒーカップの場所を探して、歩き出す。
手は繋がれたままで、時々振り向いてセイコのことを確認してくれる。
歩調もゆっくりで合わせてくれているのがわかった。
「トオコにも、こんなに優しかったの?」
不意にそんな質問をしてしまっていた。
ユウキが立ち止まり、「え、なに?」と聞き返してくる。
幸い、周囲の喧騒のおかげでセイコの声はかき消されてしまったようだ。
「楽しいねって言ったの」
セイコは今度は大きな声で伝えた。
ユウキが微笑み、頷く。
できればこの優しさが自分だけに与えられるものなら良かったのに。
心の中でセイコはそう思ったのだった。
☆☆☆
コーヒーカップにメリーゴーランドに観覧車。
立て続けにセイコが乗りたいものに乗って、2人はベンチに座って休憩していた。
「セイコ、ソフトクリーム食べる?」
ユウキが近くで売っているソフトクリームを見てそう言った。
バニラにチョコレートにイチゴ、いろんなフレーバーのあるお店だ。
「食べたい!」
少し遊び疲れて、甘いものが欲しいと思っていたところだった。
「わかった。買ってくるよ。どの味がいい?」
「じゃあ、チョコレートとバニラのミックス」
答えるとユウキは「決められないんだな」と笑い、ソフトクリーム屋へ向けて歩き出した。
セイコはそんなユウキの後ろ姿を見つめる。
ずっと、永遠にこの時間が続きますように……。
☆☆☆
登校日、A組に入るやいなやハルナとカナが駆け寄ってきた。
「どうしたの2人共、随分早く登校してきてるんだね」
普段はセイコより少し遅い時間に登校してきている2人に驚く。
「だって、今日は色々聞きたいんだもん」
ハルナの声が弾んでいる。
「そうだよ。デートはどうだったの? デートは」
カナがセイコの肩を何度もつついて聞いた。
セイコはほんのりと頬を赤く染めて「別に、普通だよ」と、答える。
「普通ってなによ。詳しく教えてよ」
ハルナは更に食い下がってきた。
「遊園地に行って、いろいろなアトラクションに乗って、ソフトクリーム食べた! これでいいでしょう?」
あまり聞かれると照れてしまうので、早口にそう伝えた。
「何に乗ったとか、何味のソフトクリームを食べたとか、あるでしょう?」
カナもまだ私を離してはくれなさそうだ。
セイコはため息を吐き出し、仕方なく昨日のデートについて2人に詳しく聞かせはじめた。
説明しながらも幸せな気分が胸の中に広がっていく。
あんなに幸せな時間が現実に起こったことだなんて、今でも信じられないくらいだ。
「え~、ずっと手を繋いでたの!?」
「ちょっと、声が大きいよ」
セイコは慌ててカナの口を塞いだ。
教室の中を見回すと、トオコと視線がぶつかった。
また睨まれるかと思ったがトオコはなぜか泣いてしまいそうな顔をしている。
だからセイコはトオコから視線をそらすことができなくなってしまった。
自分から友人も恋人も取ってしまったセイコを、トオコはどう感じているだろう。
そう考えると幸せな気分はしぼんでいき、胸の奥がチクリと痛くなった。
セイコがなにもかも取ってしまったから、今ではもうトオコの席に近づいていく友人はいない。
いつでも一人ぼっちだった。
そしてその姿は少しまでまでの自分と同じ姿だった。
途端に一人ぼっちでいる悲しさを思い出して胸が張り裂けそうになった。
慌ててトオコから視線をそらして、無理矢理会話に戻っていく。
トオコはずっと人気者だったんだ。
少しくらい一人ぼっちになったって、大丈夫なはずだ。
セイコは必死に、そう思い込もうとしたのだった。
☆☆☆
それは休憩時間中のことだった。
いつも通りハルナとカナの2人と会話をしていた。
「なんか最近、トオコって冴えなくなったよね」
そんな声が聞こえてきて、セイコは振り向いた。
そこには同じクラスの女子が数人固まっておしゃべりをしていた。
「だよね。セイコの方が可愛くなったよね」
「そうだよね。だからユウキ君だって、セイコと付き合い始めたんだよ」
そしてクスクスを笑う声。
声は結構大きくて、少し離れた場所にいるトオコにも聞こえていそうだった。
だけどトオコは机の下に出しているスマホをジッと見つめたまま、反応しない。
彼女たちが言っていた通り、最近のトオコは特に冴えなくなってきていた。
友達や彼氏がいなくなっても化粧や髪型に気を使っていたのに、今ではスッピンで、髪の毛も適当にクシを入れた程度になっていた。
一方セイコはハルナたちからメーク方法を聞いて練習しているから、どんどん垢抜けて行く。
ユウキにも可愛いと褒められたところだった。