闇夜ヨルの恐怖記録 1

その間にカナとハルナがカバンを持って教室を出て行く。


こちらへ視線を向けて口パクで「がんばれ」と言われたことがわかった。


セイコは大きく頷く。


ここまで来たんだ。


後は野となれ山となれ!


勢いよく立ち上がると、教室を出ていくところだったトオコと視線が合わさった。


トオコはセイコを睨みつけ、なにか言いたそうにしている。


しかし、トオコはなにも言わずそのまま教室を出ていってしまった。


「なによ」


ひとりぼっちのトオコに睨まれたことで思わずボヤく。


今は私の方が人気者なのに、生意気。


そう思ったとき、後から声をかけられた。


「セイコ、今日一緒に帰らないか?」


「え」


突然のユウキからの誘いに一瞬頭の中は真っ白になってしまった。


「も、もちろんだよ」


慌てて頷くと、ユウキは嬉しそうに微笑んだ。
それから2人で学校を出て、ユウキに誘われて近くの公園へ向かった。


小さな公園には遊具がないため子供たちの姿もない。


フェンスで囲まれているものの、公園というよりもただの空き地といった感じだ。


フェンスの近くには木製のベンチがあって、ユウキと一緒にそこに座った。


ベンチに置いた手と手が今にも触れ合ってしまいそうな距離にある。


ユウキに助け起こされた時に手は繋いでいるけれど、あのときとは全く違う緊張感があった。


なにか話した方がいいと思いながら、なかなか口を開くことができない。


空を見上げてみると白い雲がゆったりと流れていく。


「急にこんな風にふたりきりになると、やっぱり何を話していいかわからないな」


ユウキが照れたように言い、頭をかく。


その頬はほんのりとピンク色に染まっていた。


そんなユウキを見ていたらセイコまで照れてきて、ついうつむいてしまった。


「今日は、なにか私に用事があったの?」


うつむいたまま質問すると、隣でユウキが頷いたのがわかった。


「実は俺、もう1度サッカーを初めてみようかと思うんだ」


「え、本当に!?」


予想外の言葉にセイコは驚いて顔を上げる。


ユウキははにかんだ笑みを浮かべた。
「あぁ。ちょっと前セイコにサッカーのこと聞かれて、なんだかもう1度やりたくなったんだ。それがなかったら、またサッカーをやろうなんて思わなかった」


「そうなんだ」


嬉しさが胸に広がっていく。


自分の一言がユウキが変わるキッカケになったのが嬉しい。


「そうなったらさ、試合とか見に来てくれないか?」


「もちろんだよ!」


そんなの行くにきまっている。


セイコがユウキに恋をしたのは、サッカーをしている姿を見たのがキッケカだったんだから。


「よかった。それじゃ、さ……」


ユウキが一旦口ごもり、視線を下へ向けた。


それから勢いよく「その時に、俺の彼女として来てくれる!?」と、聞いてきたのだ。


その質問の意味が一瞬理解できなくてキョトンとした表情を浮かべるセイコ。


しかし徐々に意味を理解して行って、すぐに真っ赤になってしまった。


「も、もちろんだよ……」


さっきよりも随分とか細くて、震えた声が出た。


自分から告白しようと思っていたのに、まさか告白されることになるとは思ってもいなかった。
「本当に!? 俺と付き合ってくれる!?」


「うん。私でよければ」


可愛らしく答えるとユウキは両手でガッツポーズをつくって喜んだ。


だけどまだセイコの心には引っかかっていることがある。


「でもユウキはトオコと付き合っているんじゃないの?」


教室を出るときのトオコの表情を思い出す。


憎しみのこもった目でセイコを睨みつけてきたのだ。


「学校で別れてきたよ」


そう言われてどうしてあんなに睨まれたのかようやく理解できた。


トオコはフラれた理由をなんとなく理解していたのだろう。


ユウキの心が自分からセイコへと移っていったことを。


「そうだったんだ。トオコはなんて?」


「泣いて嫌がって大変だったよ。だけど大丈夫だから」


ユウキはそう言うとセイコの手を握りしめた。


彼氏と彼女になってから初めて手を繋ぐ。


ユウキのぬくもりに心臓がドキドキする。


「じゃあ、今日は家まで送っていくから」


「うん。ありがとう」


セイコは素直に頷いて、ユウキと一緒に公園を出たのだった。
☆☆☆

自室に戻ってきたセイコは手のひらに接着剤を乗っけて笑みを浮かべていた。


本当に彼氏ができてしまった。


しかも、小学校の頃からずっと好きだったユウキだ。


告白されたシーンを思い出すと胸の中がキュッと押さえつけられるような感覚になった。


「これさえあれば、欲しい物はなんでも手に入るんだ」


もしかしたら歌にある通り友達100人だって夢ではないかもしれない。


そうやって中の良い子を沢山作ることも面白いかもしれない。


だけどしばらくは必要なさそうだ。


なんていったって、セイコが一番欲しかったユウキを手に入れたんだから。


「また必要になったら、手伝ってね」


セイコは接着剤へ向けてそう言うと、接着剤を大切そうに引き出しにしまったのだった。
☆☆☆

ユウキはとても優しかった。


休憩時間になると必ずセイコの席にやってきてくれるし、ご飯も一緒に食べるようになった。


その分ハルナとカナと過ごす時間は減ったけれど、2人共セイコのことをちゃんと理解してくれていて、邪魔にならないように距離を取ってくれていた。


「セイコ、今度の休み一緒に遊園地に行かないか?」


ある日の昼休憩中。


給食を食べ終えたところでユウキが遊園地のチケットを二枚見せてきた。


「え、行く行く!」


セイコは大きな声で答える。


中学生になってから友達とテーマパークへ遊びに行ったことなんて1度もなかった。


それが、彼氏と一緒に行くことができるなんて、夢みたいだ。


「喜んでくれてよかった」


ユウキがホッとしたように微笑む。


「でもサッカーの練習は?」


「大丈夫。土曜日か日曜日、どっちかに参加すればいいんだ」


それなら甘えても大丈夫そうだ。


セイコは今から休日が楽しみで仕方なかったのだった。
☆☆☆

セイコとユウキが仲良くしている様子を、自分の机に座ったトオコがジッと見つめていた。


トオコの周りにいた友人たちは今はもう誰もいない。


トオコの悩みを聞いてくれていたユウキも、もうそばにいてくれない。


強い孤独がトオコの心を支配しながらも、ひとりぼっちでいたセイコもこんな気持でいたのかもしれないと考えた。


友達に囲まれていた自分には気が付かなかったけれど、セイコはとてもつらかったのかも。


そう思うと、友人や恋人を奪っていったセイコを憎む気にはなれなかった。


暇な休憩時間を潰すために、膝の上でこっそりスマホをつつく。


最初はゲームをしていたけれど、長い昼休憩中の時はほとんど暇つぶしにならない。


5つあった残機はあっという間になくなってしまって、課金しないとプレイできなくなってしまう。
ゲームができなくなった後も、トオコは画面から視線をあげなかった。


まだゲームをプレイしているふりをしながら、クラスメートたちの会話に聞き耳を立てる。


友人たちが急に自分から離れて行った原因が知りたかった。


自分がなにかしてしまって、カナたちの気分を悪くしてしまったのかも。


そういう内容の会話が聞こえてこないか耳をそばだてていたけれど、なにも聞こえてこないままだった。


小さくため息を吐き出してネットサーフィンを続ける。


なにかめぼしい、面白い記事でもないかと探して、都市伝説を取り扱っているSNSを覗いた。


そこで目にしたものにトオコは目を見開く。


「なに、これ……」


小さく呟き、ユウキと楽しそうに会話をしているセイコへ視線を向けたのだった。
約束の日はとてもいい天気だった。


空には雲ひとつない日本晴れだ。


セイコはこの日精一杯のオシャレをしていた。


持っていた服の中で一番可愛いものを来てきた。


青いワンピースの上に白いカーディガンを羽織り、頭には麦わら帽子をかぶっている。


足元は白いサンダルで、ヒールがないから歩きやすいはずだった。


「セイコ!」


自分を呼ぶ声がして振り向くと、私服姿のユウキが走ってやってきた。


ジーンズとTシャツ、首元には小さな十字架のネックレスが揺れている。


その姿に心臓がどくんっと跳ねた。


私服姿のユウキは制服のときとは違ってとてもかっこよかった。


「ごめん、遅刻した」


そう言いながら走ってきても、まだ約束の5分前だ。


セイコが楽しみ過ぎて早く到着してしまったのだ。