闇夜ヨルの恐怖記録 1

☆☆☆

翌日もトオコとユウキの2人は仲良しだった。


教室の真ん中で手をつなぎ、楽しそうにおしゃべりをしている。


ハルナとカナの2人も会話に加わり今日はよりいっそうにぎやかだ。


思わず耳を塞いでしまいそうになり、セイコは教室から逃げ出した。


これ以上トオコたちのことを見ていたくなかった。


けれど今は昼休憩中。


時間はまだまだ余っている。


とりあえずトイレの個室に入ったセイコはスカートのポケットからスマホを取り出した。


本当は学校時間中には電源を切っておかないといけないのだけれど、それを破って少しだけ電源を入れてみる。


暗かった画面に光が灯り、初めて拘束を破ったセイコの心臓はドキドキしている。


完全に電源が入るのを待って、さてなにを見ようかなと思ったとき、お気に入りのSNSを思い出していた。


そこでは日々の何気ないことを、不特定多数の人が呟いている。


セイコはやっていないけれどペットの犬や猫の動画を見るのが好きだった。


動物の動画を見ていれば残り時間もあっという間に過ぎてしまう。


「わぁ、可愛い!」


さっそくSNSを表示して動物動画を鑑賞する。


子猫3匹がじゃれ合っていたり、犬と猫が仲良く昼寝をしていたり。


そういった動画を見ていると、さっきまでのトゲトゲしていた感情も少しずつ柔らかくなっていくのを感じる。
動物の力ってすごいなぁ。


休憩時間はあっという間に過ぎていき、残り5分になっていた。


そろそろ教室に戻ろうかな。


そう思ったときだった、SNSの書き込みが視界に入ってセイコはそれを見つめた。


《人間接着剤って知ってる人いますか? その接着剤を使うと、人の心と心をくっつけることができるらしいんです》


「人間接着剤?」


心と心をくっつけることができる。


その言葉に轢かれて、コメント欄を確認してみた。


《そんなものあるわけないじゃん》


《なんですかそれ、おもしろそうな都市伝説ですね!》


コメント欄はどれもこれも信用していないもので溢れている。


それを見てセイコは大きくため息を吐き出した。


そりゃそうだよね。


心と心をくっつける接着剤なんてあるわけない。


こんなのただのデマだ。


そう思って今度こそスマホの電源を落とそうとしたとき《これですか?》というコメントを見つけて動きを止めた。


その人はコメントの下に通販サイトのURLを貼り付けている。
セイコはジッとそのURLを見つめた。


これ、タップしても大丈夫だろうか?


こういう怪しいURLは無視したほうがいいというのは、教わっていた。


だけど、人間接着剤がこのURLの先に本当に売っているかもしれないんだ。


そう思うと自然と唾を飲み込んでいた。


少しだけ覗いてみよう。


もし危険そうならすぐに引き返せばいい。


本当にそういう商品があるのかどうかを確認するだけ。


昼休憩時間は残り2分になっていた。


セイコはURLをタップして通販サイトへ移動する。


そこに表示されたのは黄色いパッケージの瞬間接着剤で、本体には人間接着剤と書かれている。


なにこれ。


ただパッケージを変えただけなんじゃないの?


眉を寄せて首をかしげる。


「200円!?」


値段を見て驚愕した。


こんなに安いものだとは思ってもいなかった。


普通の接着剤くらいの値段だ。


セイコは画面を見つめて舌なめずりをした。
こんなのどうせ嘘に決まっている。


これはただの接着剤で、おもしろグッズのようなものなんだ。


信用なんてしていない。


それでもセイコの心臓はドクドクと高鳴っていた。


万が一、億が一でも本当に人の心と心をくっつけるものだったら?


自分とユウキをくっつけることだってできるかもしれないんだ。


そう思った時、5時間目の授業が始まるチャイムがなり始めた。


セイコは慌てて購入ボタンをタップして、そのままトイレからかけでたのだった。
☆☆☆

それからのセイコの生活はなにも変わらなかった。


毎日学校へ行って、できるだけトオコとユウキを見ないように顔をそむけてすごく。


大好きだった読書は最近集中してできなくて、もう1っヶ月も同じ本を読み続けている。


「トオコ、今日の放課後はどこに行く?」


「駅前にできたスイーツ屋さんに行きたいなぁ」


学校からはまっすぐに帰らないといけないのに、そんなこと2人とも全然気にしていないみたいだ。


まわりにいる友人たちも2人を羨ましがっている。


「サッカーはどうしたの?」


つい、セイコは声に出してそう聞いていた。


トオコたちが驚いた表情をこちらへ向ける。


ユウキも目を丸くしていたけれど、すぐに柔らかい表情になった。


「サッカーは親に言われてやってただけなんだ。別に、そんなに好きじゃなかったし」


頭をかいてそう言うユウキに今度はセイコが驚いた。


サッカーをしているときのユウキは本当に輝いて見えていたから、まさかイヤイヤやらされていたなんて思わなかった。
「え、ユウキってサッカーできるの?」


「できるってことはないよ、人並み」


「すごーい、見てみたい!」


せっかく話しかけても話題はすぐにトオコたちに取られてしまった。


ユウキももうこちらを向いてはいない。


セイコは再び本に視線を落としたのだった。
☆☆☆

どうしてサッカーをやめてしまったんだろう。


本当は好きだったはずなのに。


あんなにかっこよかったのに。


頭の中でグルグルと考えているとあっという間に放課後になっていた。


1人で家に戻ってきたとき、玄関前に宅配便の車が止まっているのが見えた。


ちょうどセイコの家のチャイムを鳴らそうとしていたので、駆け寄る。


「ちょうどよかった」


宅配業者のお兄さんは名字を確認してから小さな段ボール箱をセイコに手渡した。


そこにはセイコの名前が書かれていてまばたきをする。


なにを買ったんだっけ?


そう思いながら伝票にサインをして玄関へ入った。


リビングにいる母親にただいまと声をかけ、荷物を持って2階へ上がる。


部屋の真ん中に置かれている丸いテーブルの上にダンボールを置いて開封してみたとき、ようやく自分が人間接着剤を購入したことを思い出した。


写真で見たのと同じで黄色い容器に人間接着剤と書かれている。


手の平サイズでほとんど重さも感じない。


「こんなので本当に心と心がくっつくの?」


そう呟いた時、箱の中に説明書が入っていることに気がついた。
《人間接着剤

この商品は人の心と心をくっつけることのできる商品です。


まず自分の手に接着剤をつけます。


その手で、仲良くなりたい相手と握手をします。


そうすればあなたの心と相手の心はしっかりとくっつくことになるでしょう》


「たったこれだけ?」


あまりにも簡単な説明にキョトンとしてしまう。


説明書と人間接着剤を交互に見つめた後、セイコはそれをペンケースの中に入れた。


どうせ嘘だと思うけど試してみるくらい、いいよね?
☆☆☆

翌日、学校に人間接着剤を持ってきたセイコは机の影にかくれるようにして、手のひらにそれを乗せた。


そのままくっついてしまったらどうしようと思っていたけれど、接着剤はサラサラとしていて手に馴染んで行った。


匂いは爽やかで嫌なシンナーの匂いはしてこない。


見た目は透明で一見手になにも乗せていないように見えた。


さて、これを誰に使ってみようかな。


机の影から顔を出して教室内を見回してみる。


セイコが一番繋がりたいのはもちろんユウキだ。


でもその前に他の誰かで効果を確認しておきたい。


そう思った時ハルナが目の前を通った。


ハルナはどうだろう?


すごく仲良くなりたいというわけじゃないけれど、A組の中では重要グループの1人だ。


仲良くしておけば自分の周りにも友達が集まってくるかもしれない。


ハルナが教室を出ていってしまいそうだったので、セイコは慌ててその後をおいかけた。


「ハルナ」


「え、なに?」


セイコに声をかけられたハルナは驚いた顔をしている。


グループが違うから、あまり会話をしたことがないからだ。