みなさまはじめまして、僕の名前は闇夜ヨル。


ここは恐怖中学校。


え、僕の姿が見えないって?


仕方ないですね。


感のいい人しか見えない存在なんですから。


僕がこの学校で死んだのは今から100年前。


この恐怖中学校が建って20年目の記念式典のときでした。


おっと、僕の話は別にいいですよね。


それにしても、歴史の長い学校です。


そうなってくると自然と恐怖も増えてくる。


人の数だけ、また歴史の長さだけ恐怖というものはつきまとうものですから。


学校で死んでしまった僕は学校から離れることができなくなってしまったので、屋上や教室の中からいろいろな恐怖を見ることにしたんです。


これは、僕がこの学校で実際に見てきた恐怖記録。


こうしてみなさんにお話する機会ができて、とても嬉しいです。


それではさっそく、最初の恐怖体験を御覧ください。
1年A組の教室内に明るい笑い声が響いて、自分の席で文庫本を読んでいたセイコは顔を上げた。


教室の中央には3人の女子生徒が固まって楽しそうに会話を弾ませている。


その中心にいるのはトオコだ。


トオコはクラスで1番綺麗でスタイルもいい。


中学1年生だとは思えないくらい、腰がくびれている。


トオコの周りにいる2人のクラスメート、ハルナとカナも中学に上がったばかりとは思えないくらいに派手な子たちだ。


この3人はA組の中で一番目立つグループだった。


セイコはしばらく3人を見つめていたが、自分にはわからないメークの話しで盛り上がっているようで、すぐにまた文庫本に視線を落とした。


セイコは静かな場所が好きだった。


静かな場所で、1人で読書がしたい。


地味な趣味だと笑われることもあるけれど、本を開けば色々な世界に飛んで行くことができるから最高なんだ。


それって現実逃避じゃない?


いつか母親に言われた言葉を思い出してしまって、本の世界に集中することができなくなったセイコは大きくため息を吐き出して文庫本を開いたまま逆さまにして机の上に置いた。


別に現実逃避なんてしていない。


みんなとおしゃべりしている時間よりも、1人の時間が好きなだけ。


それでもトオコたち3人組の楽しそうな笑い声が気になって仕方がなかった。
本を読んでいるフリをしながら、横目でチラチラと3人の様子を確認することだってしょっちゅうだ。


セイコはおとなしい性格をしているので、休憩時間になっても友達は近づいてこない。


また、セイコから近づいて行くような友達もまだいない。


本当はトオコたちを羨ましいと感じているから、大好きな読書にも集中できないのかもしれない。


でも、と、セイコはそれを否定する。


そんなことはない。


私は静かな場所も好きなんだからと。


この教室は少しうるさすぎて集中できないだけだ。


自分にそう言い聞かせてA組を出ようとしたとき、同じクラスのユウキが教室へ戻ってくる姿が見えて足を止めた。


セイコの口角は自然と上がり、頬がほんのりと赤く染まる。


セイコとユウキは小学校から同じところに通っていて、会話だって何度もしたことがある。


「ユウキく……」


声をかけようとした矢先、ユウキはほほえみながらトオコへ駆け寄ったのだ。


「トオコ、今日の髪型も可愛いな」


「そう? ありがとう」


ユウキに褒められたトオコはまんざらではなさそうな表情を浮かべている。


トオコの今日の髪型は編み込みだ。


中学生に上る前に一生懸命練習したのだとハルナとカナに話していたことを思い出す。
セイコは自分の髪の毛に手を当てた。


今はショートボブだけど、入学式の時はもう少し短かった。


入学に向けて思い切ってショートカットにして、そのまま少し伸びた状態だ。


この髪型は自分でも気に入っているし、悪くないと思う。


だけどトオコのように編み込みにできる長さじゃないのが気になった。


ユウキはトオコの頭をなでたり手を繋いだりしている。


その様子を見ていたセイコは小さく息を飲み、勢いよく教室を出た。


心臓はバクバクと跳ねていて呼吸が苦しくなる。


ひと気のない廊下の隅まで移動して、その場にずるずるとしゃがみこんだ。


2人の仲がよさそうな様子が脳裏に何度も蘇ってきて、そのたびに苦い感情が湧き上がる。


小学校時代、セイコはユウキに恋をした。


それは河川敷で偶然見かけた、少年サッカークラブを見学したときのことだった。


同じ小学校の子が何人も参加していたから、つい立ち止まって試合を見ていると、そこにユウキを見つけたのだ。


ユウキは学校ではお調子者ですぐにみんなを笑わせるようなムードメーカーだ。


それがここでは積極的にボールを追いかけて、一番大きな声を張り上げていた。


それを見ているうちにセイコは不思議な気分になっていった。


心臓がドキドキする。


ユウキから目を離すことができない。
ユウキが積極的に攻めて行ってゴールを決めた時には思わず大きな声で歓声を送っていた。


その時一瞬だけユウキがこちらへ視線を向けた気がした。


今、私と目があった?


そう思った次の瞬間にはすでに視線をそらされていたので、よくわからなかったけれど、その日かセイコは学校でもユウキから目をそらすことができなくなっていたのだ。


小学校を卒業するまでは挨拶や、ちょっとした会話を交わしていた。


家の方向が同じだから、時には一緒に帰宅することだってあったのだ。


それが中学に上がってからはどんどん遠い存在になって行って、今では目が会った時にお互い軽く会釈をする程度になっていた。


中学に上がった男女なんてこんなものなのかもしれないと思っていたけれど、違ったんだ。


せっかくユウキと同じクラスになれたのに話しかけることができずにいた間に、ユウキとトオコの距離はとても小さくなっていた。


そして今、手を繋いでいる2人はどう見ても恋人同士だったのだ。


ショックで頭の中が真っ白になっていたとき、不意に後ろから知らない男子生徒がぶつかってきた。


「あ、ごめん」


前を見て歩いていなかったその生徒は軽い調子で謝って、自分の教室へと戻っていく。


セイコは大きく息を吐き出し、流れ出そうになる涙を押し込めた。


ユウキは誰もが憧れるくらいかっこいいのに、自分がモタモタしていたのが悪いんだ。


自分にそう言い聞かせてみても、胸の奥に生まれた黒い感情はそう簡単には消えることがなかったのだった。
☆☆☆

休憩時間教室にいると、どうしてもトオコとユウキの2ショットを見ることになってしまうので、セイコは1人で中庭や渡り廊下に移動して時間を潰した。


今頃2人はどんな話をしているんだろう。


また手を繋いでいるんだろうか。


そう考え出すと止まらなくて、持ってきた本はちっとも先に進まなかった。


15分の休憩時間はどうにかやりすごすことができても、40分の昼休憩をすべて教室以外で過ごすことは難しかった。


給食だけはどうしても教室で食べないといけない。


今日のメニューであるクリームシチューを口に運びながら、耳はトオコたちの会話を聞いている。


「えぇ、それ本当?」


「本当だって! 今度みんなで行ってみようよ!」


なんの話かわからないけれど、出かける話で盛り上がっている。


昼休憩となるとクラスの女子のほとんどがトオコの周りに集まり、一緒にご飯を食べている。


その中に男子が1人、ユウキが混ざってトオコの話を聞いているのが見えた。


どうして!?


咄嗟にそんな疑問が浮かんできて、スプーンを握りしめる手に力が入る。