【変わらない町】

厳冬の季節風が冷たく心に染みる、12月8日の夕暮れの町角。

久しぶりに訪れた、この”思い出”の新潟の小さな小さな町。
あれからかれこれ、五年の長い月日が過ぎていた。

夕日を浴びながら、ゆっくりと進む懐かしいこの道に、師走で活気づく商店街には、人々の賑やかな声が飛び交う。

そう、それはあの時となにも変わらない、生き生きと生活し、幸福を感じていた街……

いつも麻美(あさみ)と
待ち合わせをしたレトロな喫茶店は、今日もひっそりと、やさしく夕日に染まる。

久しぶりに立つ入口には、あの時と同じようにコーヒーが香り、 懐かしさにかられ、達也はしばらく足をとめた。

カラーン、カラーン、
聞き覚えのある”鐘の音”。”いつも”好んで座っていた窓側一番奥の席に進み、なにも、”変わって”いない 店景が、ゆっくりと達也に染み込んできた。

あの頃、ただ”座る”だけで提供されたブレンドコーヒーを”注文”し、いつも見つめていた先に視線を置いた。

「はいっお待たせ」
あの時と変わらない、いや、少し老いたであろう老婆が、笑顔でブレンドをおいた。
あの時とまるで同じように…。

ぽっかり開いた麻美のスペース、そこにふと、初めて見る 海辺の写真。

その達也の視線を感じ取ったのか、老婆が一言言葉を添える。

「それね、主人がそこの海でとったものなのよ」

幸せそうに語る老婆の言葉に合わせ、マスターの笑みが自然とあふれる。

おしどり夫婦とは、まさにこの二人のことをいうのであろう。

「叔母さんの 若い頃ですか?」

はっきりとは見えない、浜辺に写っている女性。
「あらやだ!よく見てごらんなさい。 真新しい写真でしょ?」

言われて見れば、遠くからでも真新しさがはっきり分かった。

「それじゃあ、娘さん?」
カウンター越しに、老婆に合わせてマスターが微笑む。
「あたしらにはね、娘も息子もいないよ」

そう言うと老婆は、飾ってあった写真にゆっくり向かっていった。