洗面所で手を洗っていると、目の前の鏡に視線を向ける。
「——え?」
そこに映った自分の姿に絶句した。
「なにこれ……え? うそでしょ!?」
鏡に写っているのは間違いなく私のはずなのに、自分のようには思えない。顔の〝中身〟がなくなっている。
目も、鼻も、口も消えていて、凹凸がなくのっぺりとした顔は気味が悪かった。
胃のあたりから不快なものがせりあがってくるような感覚に、背中を丸くして口元をおさえる。
吐き気に襲われながら、おそるおそる再び鏡に視線を向けると、私と同じ動作をしている顔のない人間がいた。
やっぱり気のせいではない。
真っ先に頭に浮かんだのは————青年期失顔症。
自分の顔が認識できなくなるという病だ。私たちくらいの年頃に発症するらしく、同じ学年の生徒でも発症したと聞くこともあった。
やだ。こんなの、どうしたら……と何度も考えながら、その場に蹲る。
他人が発症したと聞いたときは、人に合わせてばかりで自分がないのだと噂していた。それなのに私が発症したということは、〝自分がない〟ということになる。
「そんなはず、ない。だって私……あたしは……」
自分で考えて行動してた。合わせることだってあったけど、自分がないわけじゃなかった。まるで天罰とでもいうタイミングだ。
朝葉に押し付けていたから? 今度は自分の番になって苦しいって思ったから?
答えが出ないまま、部屋に駆け込む。ベッドに潜り込み、嘘であってほしいと何度も願う。
その後、体調が悪いと嘘をついて夕食の時間も部屋の外からでなかった。お腹が空いても、この顔を見られることのほうが嫌で足が動かない。
何度もお母さんやお姉ちゃん、お兄ちゃんがドア越しに声をかけてきたけれど、とても対面できるような状況ではなかった。