***


家に着くと、リビングからスリッパが床に擦れる音がしてくる。そしてすぐに玄関にやってきたのはエプロン姿のお母さんだ。


「杏里ちゃん、おかえり!」
「あ、うん」
「今日も部活疲れたでしょ? お風呂先に入る? それともご飯食べちゃう?」

言葉を返す間もなく、お母さんはしゃべり続けている。今はあんまり人と話したくないけれど、お母さんは笑顔で話し続けていた。


「ねえ、聞いて杏里ちゃん。今日ねお隣の佐渡さんから、お土産で八ツ橋をもらったの。それがちょっと味見したら美味しくてついつい何個か食べちゃった。きっと杏里ちゃんも気にいると思うよ。ラムネとか桃とか変わった味だったんだけど、和菓子って洋菓子感覚でね」
「そうなんだ。楽しみ」

あのね、お母さん。今私あんまり話したくない。ひとりになりたい。

そんなことを言ったら、きっとお母さんが悲しむ。感情が表に出やすいお母さんは、娘や息子たちが少し反抗するだけで泣いてしまうこともある。

だから家族内の暗黙のルールは、お母さんを傷つけないように優しく接することだ。


洗面所へ手を洗いに行こうとすると、二階からお姉ちゃんが降りてくる。

「おかえり杏里〜!」

ふたつ上のお姉ちゃんは大学一年生で、家の中では一番のしっかり者だ。

「お姉ちゃん、ただいま」
「杏里のアイス買っておいたよ。チョコレートがかかったやつ苺アイス美味しいって言ってたでしょ。ね?」
「え、あ……うん! ありがとう」

本当は次食べてみたいアイスが決まっていて、買いに行こうと思ってた。
チョコレートがかかった苺アイスは、美味しいと思ったけど、お姉ちゃんが頻繁に買ってきてくれるから最近少し飽きていた。私のことを想っての行動なのはわかっている。


だけど、時々こういうのがしんどい。