「今帰り?」
曖昧な笑みを浮かべながら頷く。
今更彼と再会したところでただ気まずいだけだ。
明るくてムードメーカーだった柏崎くんがなんで不登校になったのは、サッカー部での揉め事が理由だと噂で聞いたことがある。だけど真実を私は知らないし、聞いたところでたいして親しくない私には彼は話してくれないだろう。
「なんかあった?」
「別になんもないよ」
指摘されたくないことに触れられて顔を逸らす。目元を見れば泣いたとわかるのかもしれないけれど、そこは気づかないフリをしてほしかった。
「珍しく不機嫌じゃん」
顔をくしゃりとさせて笑う柏崎くんは以前と変わらず、無邪気さを感じる。とても不登校の人には思えない。
「珍しくって、そんなことないと思うけど」
「いやー、金守っていつも笑ってたし、素っ気なかったことなかったから。まあ、結構無理してたんだろうけど」
「……なにそれ、なんでそんなこと」
わかったように言わないでよと飲み込んで、拳を握る。実際彼の言うとおりだ。
なるべく笑うようにしていていた。
無理をしてでも笑顔で明るくて、みんなに警戒されないように無害そうに振る舞う。
それが私なりの自分を守る方法だったのだ。
「金守、やっぱりなんかあっただろ」
どことなく心配してくれているような声音で、感情がぐらりと揺れる感覚がした。
やめてよ。私が隠そうとしているものを暴こうとしないで。先ほど泣いてストッパーが外れたせいなのか、いつもよりも感情のコントロールがうまくできず、苛立ちを隠せない。
「だとしても、柏崎くんに関係ないじゃん! あたしなら大丈夫だから放っておいていいよ」
どうか暴かないでほしい。私の抱えた苦しさも、醜さも、情けない感情も、他人に晒すことが怖くてたまらない。
「そこまで言うなら放っておくけど、構って欲しくないなら自分が一番辛いみたいな顔すんな」
「な……っ」
「あと助けて欲しかったら、誰かに頼ったほうがいいよ」
そんなつもりないと反論しようと顔を上げると、真剣な表情の柏崎くんと目が合う。
そうだ。一年生の頃、彼に対して思っていたのは面倒見がよくて……お節介。放っておけばいいようなことに、自ら進んで足を突っ込んでいくようなところがあった。
「連絡先、まだ消してないなら俺でもいいし。消してたら他のやつに頼りなよ」
柏崎くんの正義感は、私からしてみたら偽善で疎ましくて、綺麗で羨ましかった。だって私にはできないことだったから。
「金守、〝大丈夫〟って言葉は万能じゃない」
「は……?」
「言い聞かせるように使うと、自分に毒だよ」
柏崎くんは私から視線を逸らすと、通り過ぎていく。慌てて振り返るけれど、別れの挨拶もなにもないまま、彼は背を向けて遠ざかっていった。